あさかぜ日記・最終号
弁護士法人あさかぜ基金法律事務所・元所員 古賀祥多
先般、九弁連管内の各単位会へ告知したとおり、弁護士法人あさかぜ基金法律事務所(以下、「あさかぜ事務所」といいます。)は、令和8年1月末をもって閉鎖することとなりました。本稿執筆時点では清算手続中であり、本稿が九弁連だよりに掲載されている頃には、事務所の原状回復工事を行っているところと思います。
今回は、あさかぜ事務所の元所員であり、これまであさかぜ事務所にいろいろと携わってきた私より、「あさかぜ日記」最終号をお届けいたします。
なお、本稿における意見等については、特定の組織・団体を代表するものではなく、あくまでも私の個人的な意見となります。その文責は私にありますので、あらかじめご了承下さい。
1 あさかぜ事務所の開所
平成20年9月、九弁連は、その管内の弁護士過疎地域に派遣する弁護士を養成するために基金を作り、その基金から資金を拠出して、福岡市にあさかぜ事務所を設立しました(*1)。
弁護士の使命は、基本的人権の擁護と社会正義の実現です。弁護士過疎地域では、法律の専門家である弁護士の十分な支援が受けられないために、権利の実現ができず、紛争が適切に解決されず、基本的人権の擁護や社会正義の実現が不十分であるといった問題があります。
ただ、九州は、地理的な問題(島が多いこと、山間部が多いこと等)があり、かつては司法過疎偏在地域が多く残っていたことから、これらの地域の司法サービスを整え、適切な弁護士活動ができる弁護士が必要でした。
そのような問題を解決する一助として、あさかぜ事務所は設立されました。
開所時、井口夏貴弁護士が第1号所員として入所し、同年12月には、細谷文規弁護士、水田祐輔弁護士、池内愛弁護士が入所し、九弁連管内の弁護士過疎地域への赴任者を養成する事務所としてスタートしていきました。
以後、あさかぜ事務所には、毎年、全国各地から司法修習生の応募があり、そこから新人弁護士を数名採用しました。そして、あさかぜ事務所所属の被養成弁護士(以下、「あさかぜ所員」といいます。)は、それぞれ2~3年の養成期間を経て、九弁連管内の弁護士過疎地域に赴任しました。九弁連管内に赴任したあさかぜ所員は、17年間でのべ29名にも及びました。九弁連管内への赴任実績は、以下のとおりです(弁護士については、敬称略)。
- 日弁連ひまわり基金法律事務所
- 対馬ひまわり基金法律事務所:7名(井口夏貴(旧61期)、伊藤拓(新62期)、青木一愛(65期)、若林毅(68期)、安河内涼介(72期)、佐古井啓太(72期)、藤田大輝(74期))
- 壱岐ひまわり基金法律事務所:7名(松坂典洋(新63期)、島内崇行(65期)、中田昌夫(67期)、古賀祥多(69期)、西原宗佑(71期)、宇佐美竜介(73期)、小島くみ(75期))
- 西都ひまわり基金法律事務所:1名(水田祐輔(新61期、任期後、同地に定着))
- 島原中央ひまわり基金法律事務所:2名(池内愛(新61期)、河野哲志(67期、任期後、同地に定着))
- 小林ひまわり基金法律事務所:1名(坂巻道生(新62期、任期後、同地に定着))
- 豊前ひまわり基金法律事務所:1名(西村幸太郎(66期、任期後、同地に定着))
- 飛鸞ひまわり基金法律事務所:1名(小林洋介(71期、任期後、同地に定着予定))
- 法テラス7号事務所
- 法テラス高森法律事務所:2名(細谷文規(新61期)、田中秀憲(69期))
- 法テラス指宿法律事務所:1名(城石恵理(新63期))
- 法テラス五島法律事務所:1名(福元温子(新64期))
- 法テラス徳之島法律事務所:1 名( 今 井 寧 子( 新64期))
- 法テラス壱岐法律事務所:1名(今井洋(新64期))
- 独立開業
- 福岡県大川市(油布貞徳(新63期))
- 熊本県人吉市(中嶽修平(66期))
- 佐賀県三養基郡みやき町(服部晴彦(68期))
上記のとおり、あさかぜ所員のなかには、ひまわり基金法律事務所に赴任した後、同地に定着した弁護士もいます。西都、小林、豊前、島原中央のひまわり基金法律事務所は定着し、飛鸞についても、近日中に(令和8年7月頃)定着予定です。九弁連管内に設置されたひまわり基金法律事務所は29箇所あり、うち26箇所が定着(定着予定の飛鸞を含む)しましたが、うち5事務所があさかぜ事務所出身者が定着していると考えれば、あさかぜ事務所が九弁連管内の弁護士過疎対策に貢献したといえましょう。
また、対馬、壱岐については、所長弁護士を各7名輩出しています。昨今、ひまわり基金法律事務所の所長弁護士のなり手の確保が難しい中、今日まで安定的に所長弁護士を確保し、同地に適切なリーガル・サービスを提供してきたことも、ひとつの成果といえます。
さらに、法テラス7号事務所に6名赴任し、また、3名の弁護士が九弁連管内の弁護士過疎地域に独立開業しましたが、赴任地での各弁護士の地域に根ざした活動は、九弁連管内の弁護士過疎問題の解消に大きく貢献したといえます。
なお、あさかぜ出身者のなかには、赴任後に弁護士過疎地域を離れた所員もいますが、その弁護士の多くは、赴任後に九弁連管内の各地で活躍しており、そうした弁護士の中には、所属単位会・九弁連の委員会活動等で活躍している者もいます。九州の過疎地域に赴任する弁護士を九州で育てるという理念のもとであさかぜ事務所は運営されてきましたが、あさかぜ所員が赴任後も九弁連管内のリーガル・サービスを支え、公益活動を担ってきたことは、あさかぜ事務所の成果のひとつといえるかもしれません。
このように、あさかぜ事務所は、九弁連にとって、意義のある存在だったといえるのではないでしょうか。
2 いわゆる「あさかぜ問題」
こうして、あさかぜ事務所は、17年以上もの間、九弁連管内の弁護士過疎対策を担ってきたと思いますが、この道のりは険しいものでした。
私は、その時期に弁護士でなかったため、問題の発端にかかる詳細を知りませんが、いわゆる「過払いバブル」が収束しはじめた頃、あさかぜ事務所の売上の低迷が続くようになったことから問題が発生したと聞いています。あさかぜ事務所は、平成24年にあさかぜ基金から毎年500万円の借入をし、平成25年にも500万円の借入をしましたが、この時期から、九弁連管内の単位会よりあさかぜ事務所の存在意義に対して疑問を呈する意見がなされるようになったとも聞いています。
それ以後、九弁連管内においてあさかぜ事務所にかかる存廃論について激論が繰り広げられるようになり、その議論は、十数年続きました。
3 私とあさかぜ
(1) あさかぜ所員時代
私があさかぜ事務所に入所したときは、平成27年3月に設置された「九弁連管内の弁護士過疎・偏在に対応するための弁護士の確保とその養成の在り方検討PT」(通称、「あさかぜPT」。なお、後の年度においても同様の名称のPTが設置されたため、本書では便宜上、このときのPTは「第1次PT」と呼称します。)において、あさかぜの存廃が議論されていた時期でした。私自身は、あさかぜ事務所にて養成を受け、近く九弁連管内の弁護士過疎地域に赴任することを目標に日々精進しましたが、少なからず、第1次PTの議論の影響を受けることになり、九弁連の議論状況を複雑な心境で伺っていました。
ただ、そうしたなかでも、あさかぜ事務所で数多くの事件を、いろんな先輩弁護士(指導担当弁護士、運営委員会委員、いわゆる「あさかぜ応援団」の弁護士)と共同受任でき、得がたい経験ができました。
会社から一斉に解雇された10名の依頼者からの労働事件、子の引渡し事件からはじまる難問が盛りだくさんの離婚事件、元個人事業主からの依頼でリース物件や店舗の清掃をした破産事件、示談のために被害者の就業先等に行った刑事事件、少年院送致になりそうな事件でなんとか試験観察を勝ち取った少年事件、勾留に対する準抗告が認められた刑事事件などが印象に残っています(*2)。
また、あさかぜ所員時代は、福岡県弁、九弁連の委員会にも積極的に参加し、九州・福岡の弁護士との人脈を作り、様々な活動のなかでいろんな知見を得られました。
これらの経験等は、壱岐に赴任したときに役立ちました。
(2) 壱岐ひまわり所長時代
平成31年1月に壱岐ひまわり基金法律事務所に赴任してからは、いったんあさかぜ事務所の議論から離れることとなりました。そのため、この頃のあさかぜ問題の議論状況はあまり知りません。
代わりに、私は壱岐での活動に専念しました。壱岐での任期は、同地に常駐型弁護士事務所を設置することの重要性を実感するには十分でした。
壱岐―福岡間は高速船で片道約1時間と言われているものの、その移動にはそれなりのハードルがあります。一島民からすると、決して安くない船舶料金を払って、1日がかりで島を出て、わずかな時間の法律相談に行くことがどれだけ時間的・経済的に困難で、大変なことなのかを肌身に感じました。また、壱岐―福岡間の海路は、強風等により船が欠航となることもあります(※先日行われた壱岐ひまわり基金法律事務所の引継式の前日も、強風によりジェットフォイルが欠航し、かろうじてフェリーが出航したものの、日本海が荒れており、非常にけたたましい音を立てながら、激しい揺れに襲われながらの航海となりました。)。
こうした地理的条件のなかで、島内で法的なトラブルが生じたとき、あるいは、島外の人間が島内へ法的請求(訴訟提起等)してきた場合、もし島内に常駐の事務所がなかったならば、島の外に出て相談・依頼しなければなりません。しかしながら、そこまで弁護士に相談・依頼できる方はそう多くはありません。そうであれば、壱岐の島民の皆様は、法による解決が得られないまま、なすがままにされてしまいかねません。それは、到底、正義とはほど遠い状況といえます。
そのようなことに思いを致すなかで、やはり、壱岐の島に常駐型法律事務所はなくてはならない、と思わずにはいられませんでした(*3)。
私が改めてあさかぜ事務所を意識するようになったのは、任期を終えるときです。私が任期を更新せずに後任を募集すると決めた後、あさかぜ事務所より西原宗佑先生が壱岐の後任所長弁護士に手を上げ、スムーズに引き継ぎをすることができました。私はそのことに非常に安堵し、そのときになって、あさかぜ事務所の重要性、壱岐・対馬の所長弁護士の給源としての機能を実感しました。私としては、こよなく愛する壱岐の島民の皆様のため、この地に常駐型法律事務所(壱岐ひまわり基金法律事務所)を維持存続させるため、その手段のひとつであるあさかぜ事務所の維持存続に微力ながらお手伝いしたいと思ったものでした。
(3) 壱岐の赴任を終えて
離任後、私は福岡に戻りましたが、程なくして、令和3年度・令和4年度に設置された、「九弁連管内の弁護士過疎・偏在に対応するための弁護士確保とその養成の在り方検討PT」(第2次PT)に参加するように求められ、本格的にあさかぜ問題に関わるようになりました。
第2次PTによる最終報告書が完成した後も、同報告書で提言された特別会費の導入に関する議論について、九弁連の委員会や主任の活動を通じて、その議論を傍聴等させていただきました。令和5年12月に佐賀県弁護士会館で開催された九弁連理事会において、特別会費徴収にかかる規約改正の件について審議されましたが、非常に緊張感のあるもので、あのときほど、九弁連という組織のあり方を実感したことはありません。
九弁連では、あさかぜ問題が取り上げられる都度、九弁連管内における弁護士過疎対策の意義を確認し、 同対策事業の在り方、あさかぜ事務所の在り方について議論を重ねることとなりましたが、存続・廃止いずれの意見であっても非常に貴重な意見であり、また、そのような二元論では割り切れない様々なご意見があったかと思います。ただ、そこでの議論は単なる同じことの繰り返しではなく、都度、一つずつ議論を深化させてきたのではないか、と思います。
こうして、九弁連における長年の議論を経て、令和6年度より、司法過疎偏在対策特別会費が徴収されることとなりました。
(4) 社員の欠乏とあさかぜ事務所の閉鎖
しかしながら、昨今の新人弁護士登録の東京一極集中の傾向から、あさかぜ所員の確保が困難となり、令和8年1月末をもってやむなく閉鎖をすることになりました。
もともと、あさかぜ事務所は、いわゆるボス弁を事務所におかず、委員会による支援・指導等をおこなう方式(これを「委員会方式」と呼んでいます。)を採用しており、あさかぜ事務所の法人社員は被養成弁護士(あさかぜ所員)のみで構成されていました。あさかぜ所員は、事務所の性質上、2~3年を経て九弁連管内の弁護士過疎地域に赴任することが予定されているため、定期的に社員が法人を脱退することが決まっています。そのため、あさかぜ事務所を存続させるためには、法人社員(あさかぜ所員)の確保は必須の課題でした。
ただ、あさかぜ事務所が開設されてからしばらくは、事務所に応募する新人が採用数を上回っている状態が続いており、上記の点はそれほど問題視されることはなかったと聞いています。
このような状況が変化したのは、おそらく私が入所した頃くらいです。司法修習生の就職難が解消されていくのに合わせて、次第にあさかぜ事務所への応募者が減っていきました(*4)。
このような事態を受け、あさかぜ事務所や委員会の弁護士は、司法研修所の教官へ声かけして司法修習生を探したり、福岡県弁・九弁連の就職説明会へ参加するほか、各委員の個別のつながりで新人を探すなどして、新人確保に尽力してきました。
しかしながら、その後も、新人弁護士の登録が東京へ一極集中する傾向は加速していきました。おそらくコロナ禍による人の接触の減少、代わりにリモート技術の進展があったことが、拍車を掛けたのではないかと推察していますが、73期頃からさらにその傾向が加速したように感じています。あさかぜ所員・委員会委員は絶え間なく努力を重ねてきたものの、ついにはあさかぜ事務所での採用人数が0人の年が続くこととなりました。
そして、九弁連は、令和7年度、あさかぜ事務所に代わる新たな養成方式、すなわち、九弁連管内の法律事務所に養成を委託し、被養成弁護士を養成したうえ、管内の弁護士過疎地域(主として壱岐・対馬のひまわり基金法律事務所を想定)へ赴任させる仕組みを導入することを決めるとともに、あさかぜ事務所を閉鎖することを決めました。
(5) 事務所の閉鎖と私
私は、このあさかぜ事務所の閉鎖に関する議論に深く関わることとなりました。古巣に対する愛着もありましたし、これまで壱岐・対馬の給源として機能してきた事務所を廃止することにはいささか躊躇を覚えました。
他方で、あさかぜ事務所の存廃にかかる議論を知る身としては、現状に対する危機意識も強く感じました。あさかぜ事務所の現状からすると、これ以上存続させれば九弁連に過大な財政的負担が生じかねず、他方で、社員が欠乏しかねない不安定な事務所の状況の中では新人採用はますます困難になるのではないか。それらを総合的に見れば、あさかぜ事務所による弁護士過疎地赴任者の養成制度には、委員各人の努力ではいかんともしがたい状況にあり、もはや限界に来ているのではないか。仮に、あさかぜ事務所が今以上に赤字を発生させ、年間の特別会費徴収額でまかなえない状態となり、それでいてあさかぜ所員を確保できず、過疎地へ赴任させられない状況が続くようなこととなれば、もはや九弁連では過疎地赴任者の養成事業を行うべきではない、九弁連は弁護士過疎対策の担い手とはなりえない、といった声が出かねないのではないか。いろんな考えが頭によぎりました。
そのため、私は、令和6年度末頃、従来の「あさかぜ事務所を維持存続させるべき」との立場から転換し、あさかぜ事務所の存続のみに固執せず、「九弁連で管内の弁護士過疎地域へ赴任する仕組みを構築すること」それ自体を優先する立場に切り替えました。そして、あさかぜ事務所に代わる養成方式の試案を委員会に上程し、新制度の具体的検討を進めるとともに、あさかぜ事務所の財務状況等をつぶさに委員会で情報共有しながら、あさかぜ事務所に代わる方式に転換することを委員会で提案することとしました。
4 あさかぜ事務所の閉鎖後のこれから
(1) 九弁連管内の現状
九弁連管内において稼働しているひまわり基金法律事務所は、対馬、壱岐、飛鸞の3箇所です。うち、飛鸞については、先に述べたとおり定着予定です。他方で、対馬・壱岐については、定着困難、あるいは不可能というべき事態であることが、歴代の所長弁護士から意見として挙がっています。そのため、引き続き、対馬・壱岐のひまわり基金法律事務所への赴任者を確保する必要性は高い状況にあります。
これまで、あさかぜ事務所が対馬・壱岐のひまわり基金法律事務所の所長弁護士の給源として機能してきました。そのあさかぜ事務所を閉鎖する以上、別の方法で、対馬・壱岐の所長を確保していかなければならないと考えられます。
むろん、オンライン技術が進歩していけば、もしかすると常駐型法律事務所がなくともリーガル・サービスを受けられる社会、相談者が安心感を得ることができる社会が実現するかもしれません。ただ、今でも弁護士のことを「怖い」と思う市民の方々が、モニター越しで会話する弁護士を信頼し、安心することができるのか、という疑問を今の時点で払拭することができずにいます。また、デジタルデバイスを用いることができない方々にとっては、オンライン技術がいくら進歩したとしても、その恩恵を得られるわけではない、という問題もあると考えられます。その意味で、私は、オンライン技術が日々進歩している現在においてもなお、かの地に弁護士が常駐する必要性があると考えます。
あさかぜ事務所が閉鎖したとしても、そうした司法アクセスの維持・改善のあゆみは、止めるわけにはいかないのではないのでしょうか。
(2) あさかぜ事務所に代わる養成方式(九弁連)
九弁連は、先に述べたとおり、あさかぜ事務所に代わる新たな養成方式により、引き続き、九弁連管内の弁護士過疎地域に赴任する弁護士を養成することとなりました。その意味では、平成20年9月より始まった、弁護士過疎地域へ弁護士を派遣する事業、それによる管内の司法アクセス改善の歴史それ自体が終わった訳ではありません。引き続き、会員の皆様と議論を重ねながら、その歩みを進めることになるだろうと思います。
九弁連による司法アクセス改善の歴史は、あさかぜ事務所の閉鎖によりひとつの節目を迎えますが、これはすべての終わりではなく、新たな始まりとなります。九弁連による司法アクセスの改善の歩みは、新たなフェーズに移行したと考えられます。
むろん、昨今の人口減少、少子高齢化、東京等都市部への人口流入の大きな流れの中で、市民の皆様が司法による救済等につながるための仕組みを維持・改善することは並大抵のことではありません。その点について、九弁連管内の皆様におかれましては、様々なご意見をお持ちだと思います。
ただ、私としては、ひとしく市民が憲法31条にある「裁判を受ける権利」を享受できる社会を実現していくための努力、厳しい現実を可能な限り理想に近づけていく営みを続けていくことは必要ですし、そのような営みを続けることが、九弁連の存在意義のひとつではないかと思います。
弁護士過疎問題は、非常に難しい問題といえますが、九弁連管内の皆様のお知恵をお借りして、皆様 と協議しながら進めていきたいと思います。
引き続き、弁護士過疎対策に、ご理解と変わらぬご支援・ご声援をお願いします。
(3) 経験弁護士準備援助金制度(日弁連)
ちなみに、日弁連では、司法過疎対策の一環として、令和7年6月から、新たに弁護士登録後3年の実務経験を有する弁護士を対象に、ひまわり基金法律事務所への赴任のための準備費用として、上限200万円を給付する「経験弁護士準備援助金」制度を設けました(*5)。この準備金制度は、ひまわり基金法律事務所における従前の年間所得720万円を補償する制度とは別個の制度であり、経験弁護士でもひまわり基金法律事務所の所長に手を上げやすくするために整備された制度です。弁護士過疎地対策として、このような制度もありますので、この機に、ひまわり基金法律事務所に興味をお持ちいただき、是非とも、エントリーしていただければと思います。
5 終わりに
以上をもちまして、「あさかぜ日記」はこれで終幕です。これまであさかぜ日記をご覧いただきまして、ありがとうございました。
ただ、私にとっての「あさかぜ」は、法人それ自体ではなく、それを通じて進めてきた弁護士過疎対策、司法アクセス維持改善のための取組みそれ自体にほかなりません。その意味では、私の中では、「あさかぜ」は終わりではありません。あさかぜ事務所は近日中に清算結了を迎え、法人格は消滅することになりますが、その後も、上記の意味での「あさかぜ」が、九弁連のなかで続いていくことを切に願っています。
引き続き、ご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
6 御礼(大変お世話になりました)
最後に、この場を借りて、私がこれまでお世話になった九弁連管内の皆様に、御礼を申し上げたいと思います。
- あさかぜ所員時代には、九弁連あさかぜ基金管理委員会、福岡県弁弁護士法人あさかぜ基金法律事務所運営委員会の先生方を始め、指導担当の先生方、あさかぜ応援団の先生方、各委員会の先生方を多くの先生方にご指導・ご鞭撻いただきました。先生方のご指導があればこそ、壱岐での任期を全うすることができました。それらの教えは、今も私の弁護士としての基礎として息づいています。
- 壱岐ひまわり基金法律事務所所長時代は、長崎県弁護士会の先生方に大変お世話になりました。支援委員会の先生方には定期的に面談いただき、また、支援委員の先生だけでなく、様々な先生方に気を配っていただきました。定期総会等で懇親会等において優しく接して下さり、誠にありがとうございます。今後も、長崎会の先生方からいただいたご恩を返していけるよう、頑張りたいと思います。
- 第2次PTメンバーの先生方には、2年間の限られた時間ではございましたが、御一緒させていただき、誠にありがとうございます。当時はコロナ禍であったため、リモート会議が多かったことは残念でしたが、コロナが落ち着いた時期をみて開催された懇親会などで御一緒させていただき、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。皆様と議論することができたことは、貴重な体験だったと思います。
- 令和4年度~令和6年度には九弁連主任を担当させていただきましたが、その時期に九弁連常務理事・理事を務められた先生方におかれましては、理事会の白熱した議論を傍聴させていただき、懇親会の場などで御一緒させていただき、誠にありがとうございます。とても充実した楽しい時間をすごさせていただきました。大変勉強になりました。
- 九弁連司法過疎偏在対策基金管理委員会(旧あさかぜ基金管理委員会)の先生方におかれましては、長時間に亘る議論におつきあいいただき、誠にありがとうございます。前体制のころ(令和5年度末までの頃)、「あさかぜ問題」に関する非常に難しい局面が続くなか、いろんなご意見等いただき、大変助けていただきました。また、新体制(令和6年度から)では委員会が様変わりいたしましたが、非常に白熱した議論の中、様々な活動をさせていただき、とても充実していました。特に、令和7年度に皆様と対馬・壱岐のひまわり基金法律事務所引継式に御一緒させていただいたことは、忘れられない素敵な思い出になりました。
- 福岡県弁弁護士法人あさかぜ基金法律事務所運営委員会・九弁連司法過疎偏在対策基金管理委員会の担当事務局の皆様にも、大変お世話になりました。同委員会は九弁連理事会への上程事項が多く、いろいろとご負担をおかけいたしました。誠にありがとうございます。
- 歴々の九弁連執行部の先生方おかれましては、「あさかぜ問題」という大変難しい問題に真正面に取り組んでいただきまして、誠にありがとうございます。九弁連理事会の場では、「あさかぜ」の議題になると、いつも緊張感が高まり、張り詰めた空気が漂っていました(※他の議論では和やかに進行していても、「あさかぜ」の話題になったとたん、各理事の笑みが消えて空気がピリつくのを見て、「容赦ないな」と、九弁連主任席(傍聴席)にいたときに思っていました。そして、あさかぜ委員会委員の立場も兼ねていた私としては、主任席から説明員の席に座らされるのがいつも億劫でした。)。そうしたなかでも、九弁連執行部の先生方は、議論の中心に立ち、執行部として毅然とした態度で理事会に臨まれていたのは、非常に印象深いです。あさかぜ問題という大変な課題を毎年ご議論いただき、誠にありがとうございました。また、そうした大変ななかでも、あさかぜ所員にも気を配っていただき、優しく接してくださいまして、誠にありがとうございます。
- あさかぜ事務所の正職員事務局を勤められた小林様にもお礼を述べたいと思います。これまであさかぜ事務所が存続できたのは、小林様が献身的に業務を執り行い、事務所を影から支えてくださったからにほかなりません。あさかぜ事務所の清算業務においても、欠くことができない人でした。小林様には、感謝してもし切れないほどです。本当に、ありがとうございました。本稿は主として九弁連管内の弁護士に送付される会報誌であるため、この文書を見ることはないかもしれませんが、本書にて、御礼申し上げたいと思います。
本当は、ここで、お世話になった皆様のお名前をひとつひとつ挙げながら、個々のエピソードに触れながら、御礼を申し上げようと考えていました。しかしながら、既に紙面が大部になってしまったうえ、おそらくあと10ページは必要になると思いましたので、泣く泣く断念することといたしました。大変申し訳ございません。
これまで大変お世話になりました。
ありがとうございました。
*1 その設立経緯等については、「【卓話】弁護士過疎・偏在問題のこれまで、そしてこれから…九弁連における取組み」(山下俊夫弁護士執筆・九弁連だより2026年1月号(No.175))をご参照下さい。
*2 「あさかぜ日記」(服部晴彦弁護士・古賀祥多執筆、九弁連だより2019年1月号(No147)
*3 この点は、日弁連公式youtubeチャンネル内にある動画「ここに弁護士がいてよかった~長崎・壱岐編」(https://youtu.be/N7IQzS5fOP0?si=BGfbchBAl7RyBRkw)でも話しているため、是非ともご視聴いただければと思います。 また、拙稿「受け継がれるものと私の原点」(法学セミナー 2022年7月号 通巻 810号、特集「ここに弁護士がいてよかった」内)、「公設事務所だより」(九弁連だより2020年1月号(No.151))や、カケコムのインタビュー「「弁護士過疎地域での経験が弁護士としての基本軸を作ってくれました」父の意思を継いで事務所を開設 /古賀 祥多弁護士(古賀祥多法律事務所)」(https://www.kakekomu.com/media/59565/)もご参照下さい。
*4 この点については、「危機的状況が迫る弁護士過疎偏在問題」(「自由と正義」2019年7月号・回顧と展望―弁護士会・弁護士会連合会2018年度)でその当時の危機的状況について言及されています。
*5 詳しくは、日弁連公式ホームページをご覧下さい(https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/resolution/enjokin_annai.pdf)






