秘密保全法案の国会上程に反対する理事長声明
1 内閣府における有識者会議の報告書を受けて、政府は秘密保全法案を国会に上程すべく準備を進めている。
秘密保全法は、国の行政機関等が指定した「特別秘密」を漏えいしようとした職員、探ろうとした市民などを厳罰に処すとともに、取り扱う職員に対し、漏えいのおそれがある人物ではないかとの身辺調査を行うことによって、国の秘密を守ろうとする制度である。しかし、これは、以下にみるように、憲法上の諸原理に大きく抵触するものであるから、当連合会は秘密保全法の制定及び国会上程に強く反対する。
2 秘密保全法では、(1)国の安全、(2)外交、(3)公共の安全及び秩序の維持、の3分野が対象とされているが、1985年に国会に上程され、広範な国民の反対により廃案となったいわゆるスパイ防止法よりも、合理的理由もなく対象を拡大しており、原発の危険情報や、TPPの内容すら含まれかねず、漠然として広範にすぎ、不合理である。「国の存立にとって重要な情報」かどうかで限定するとされるが、その判断基準は不明確である上、指定行為は、行政機関等によってなされるため、国民に知らせたくない情報を意図的に隠すという恣意的運用を避け難い。西山記者事件では、政府は、沖縄返還と引き換えの重い財政的負担を秘密にして隠し、国会による条約の承認行為という国民主権原理の実質を骨抜きにした。これを暴いて主権者たる国民に必要な情報を知らせた記者は逆に処罰された。このように、国政上の重要事項について、正しい情報をもとに政策への賛否を決定し投票を行う、すなわち、「知る権利」にもとづく主権者たる国民自身による政治の実現という、国民主権原理の根幹が歪められるおそれが大きい。
3 秘密保全法における処罰対象は、取り扱う職員等による過失による漏えい行為のほか、「犯罪に該当しなくても社会通念上是認できない行為を手段として」情報を取得する行為や、その未遂、共謀、さらには漏えいの独立教唆、扇動など、外延の不明確な行為にまで及んでいる。
「特別秘密」の範囲がそもそも不明確な上、処罰範囲が極めて不明確であり、処罰対象を予測できないことから、罪刑法定主義に違反する。
また、市民の調査、記者の取材・報道やこれにもとづく表現の自由が萎縮させられ、民主主義社会の前提が侵される。
さらに、「秘密の作成又は取得の主体」に大学等の研究機関も含まれることから、処罰範囲の不明確さは、学問・研究活動の自由をも侵害する。
4 秘密保全法では、「特別秘密」を取り扱う者の人的管理として、「適性評価制度」を導入し、対象者のみならず、「配偶者のように対象者の身近にあって対象者の行動に影響を与え得る者」についても、その学歴、職歴、我が国の利益を害する活動への関与、外国への渡航歴、犯罪歴、信用状態、薬物・アルコールの影響、精神の問題に係る通院歴等を調査するとしている。同制度では、対象者の同意が要件とされているものの、不利益を避けるための事実上の強制となるおそれが大きい上、配偶者等についてはその同意すら要件とされておらず、強制そのものであるから、明白なプライバシー権侵害である。過去に政府を批判する活動を行った者などにとってみれば、踏み絵を踏まされるに等しいから、思想・良心の自由も侵害される。また、このような思想・良心にもとづく差別的取扱いがなされるおそれも大きい。
5 秘密漏えい等の罰則違反として起訴された場合の刑事裁判においては、特別秘密の内容が公開の法廷で明らかにされるとは考え難く、被告人や弁護人に対してさえ、公訴事実の重要部分が秘匿されたまま審理が進められるおそれが大きい。そうなれば、自分がなぜ処罰されようとしているのか分からず、その情報を内部告発することや取材することが国民の知る権利のための正当な活動だったとしても、訴訟上の防御をすることが許されないまま処罰されるおそれがある。
6 そもそも、秘密保全法制定のための立法事実は存在しない。報告書は、2010年の尖閣漁船衝突事件の際のビデオ映像流出事件を挙げるが、同事件は秘密を要する情報が流出したものではなく、公開を要する情報を政府が秘匿しようとした点に問題があったものであった。
本来的に秘密とされるべき情報は、国家公務員法等の現行法を適切に運用することにより、保全を図ることが十分に可能である。
我が国においては、情報公開制度がいまだ不十分であり、情報公開の推進こそが急務なのであって、秘密保全法の制定はこのような必要性に逆行するものである。
本年10月1日に普天間飛行場に配備されたオスプレイも、危険性に関する情報開示が不十分な点が大きな問題点であるが、秘密保全法が制定されれば、安全性に疑問を持って調査しようとする市民のあらゆる活動が犯罪とされかねない。これは、基本的人権及び国民主権原理そのものの侵害である。
7 以上より、当連合会は秘密保全法の制定に断固反対する。政府に対しては、秘密保全法案の国会上程を速やかに断念することを強く求めるものである。
2012(平成24)年10月29日
九州弁護士会連合会
理事長 山 下 俊 夫