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憲法第96条の憲法改正発議要件緩和に反対する決議

当連合会は,日本国憲法第96条に定める憲法改正発議要件の緩和に強く反対する。

2013年10月25日

九州弁護士会連合会

決議の理由

1 憲法第96条を改正しようとする動き

日本国憲法第96条は,「この憲法の改正は,各議院の総議員の三分の二以上の賛成で,国会が,これを発議し,国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には,特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において,その過半数の賛成を必要とする。」と定める。これは,憲法改正の発議要件について,一般の法律の制定,改廃の場合よりも重い要件を定めたものである。

この憲法第96条の憲法改正発議要件につき,自由民主党は,2012年4月27日に発表した日本国憲法改正草案において,衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成から過半数の賛成に緩和することを提案している。これは,憲法改正を容易にしようとするものであり,他党にも,これに賛同する動きがある。

しかし,憲法改正の発議要件を緩和することは,立憲主義の原理に照らして極めて問題があり,容認することはできない。

2 憲法第96条で発議要件が3分の2以上とされた理由

憲法第96条が,憲法改正の発議要件について一般の法律の制定,改廃の場合よりも重い要件を定めているのは,日本国憲法が,基本的人権を保障するため,立憲主義の原理の下で国家権力の濫用を防止しようとしたからに他ならない。

すなわち,憲法第11条は,「この憲法が国民に保障する基本的人権は,侵すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与へられる。」と基本的人権の永久不可侵性を宣明している。基本的人権を保障することは,近代社会において最も重要かつ普遍的な原理である。

この基本的人権は,歴史上,国家権力の濫用によって,しばしば重大な脅威にさらされてきた。憲法「第10章 最高法規」の冒頭に位置する憲法第97条が,「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は,人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて,これらの権利は,過去幾多の試練に堪へ,現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と述べるのも,基本的人権が人類の歴史の中で獲得されてきた意義を示すものである。

その人類の歴史的経験を踏まえると,たとえ民主的手続を経て成立した国家権力であっても,その濫用を防止する必要があり,そのためには国家権力を憲法で縛ることが不可欠である。このように,立憲主義とは,国家権力を憲法で縛り,国家権力の濫用から基本的人権を保障する原理である。

日本国憲法も,立憲主義の下で,国家権力を憲法で縛り,基本的人権を保障しようとしている。

前述のとおり,憲法第97条は基本的人権の永久不可侵性を規定し,これに続く憲法第98条は,「この憲法は,国の最高法規であつて,その条規に反する法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない。」と,憲法の最高法規性を宣言している。このように,日本国憲法は基本的人権を永久不可侵のものとして尊重し,憲法に反する国の行為を無効とすることで,基本的人権を実質的に保障しているのである。

また,民主国家においては多数者の代表者による政府が国家権力を行使するため,少数者の基本的人権が侵害されるおそれが生じる。憲法第81条が,「一切の法律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限」を,人権保障の脅威となりかねない政治部門(国会及び内閣)から独立した司法部門(裁判所)に与えたのも,そのようなおそれに対処し,基本的人権を保障するためである。

このように,憲法は,立憲主義の下で基本的人権保障のために最高法規としての役割を担っている。その憲法が時々の政治的多数派の意向によって容易に改正されるとすれば,立憲主義が後退し,基本的人権の保障が形骸化しかねない。

憲法改正を論ずるにあたっては,国会においてはもちろんのこと,国民相互間においても,特に基本的人権を侵害されやすい立場にある少数者の意見にも配慮した,充実した慎重な議論を尽くすことが求められる。そうした議論を重ねる中で,多数派とは異なる立場に身を置く少数者の利害への配慮も可能となる。また,具体的な憲法改正案の目的や問題点も明らかとなり,国民投票にあたっての判断材料を国民が得ることもできる。そのような議論を尽くして形成される,一時的でなく安定的な国民の多数意見を反映してこそ,憲法改正にあたって基本的人権保障に遺漏無きことを期しうるのである。

だからこそ,憲法第96条は,憲法改正についての国会の発議要件について,法律の制定や改廃とは異なり,時々の政治情勢によって容易に変動し得る総議員の過半数では足りないものとし,充実した慎重な議論を尽くして形成される国民の安定的な多数意見を反映すべく,各議院の総議員の3分の2以上としているのである。これはまさに立憲主義の原理に由来する規定である。

3 発議要件の緩和は立憲主義に反し許されないこと

このような憲法改正発議要件を緩和し,各議院の総議員の過半数とすることは,時の政治的多数派として内閣を形成する政権与党が,衆参両院で過半数を制しさえすれば,その意向によって容易に憲法改正を発議し得るようになることを意味する。憲法による縛りに厳に服するべき時の政治権力の担い手が,その縛りを解くために憲法改正を容易に発議しうるという事態は,まさに立憲主義に反すると言わねばならない。

4 結語

以上のとおり,憲法改正発議要件を緩和することは,立憲主義の原理に照らして極めて問題であり,容認できない。当連合会は,基本的人権を擁護することを使命とする(弁護士法1条)弁護士による団体として,憲法第96条に定める憲法改正発議要件を緩和することに強く反対する。

以上

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