「実効性のある避難計画」が策定されることなく原子力発電所を運転することに反対する決議
福島第一原子力発電所の事故による被害は多くの避難者を生むなど極めて甚大であり、現在においてもその収束の目途すらたっていない。一方、原子力規制委員会による新規制基準は不十分であり、原子力発電所の過酷事故を完全に防ぐことはできない。また、万が一の過酷事故発生の際の避難計画の策定は、新規制基準の対象とはなっていない。
このような状況下で、原子力規制委員会は本年9月10日九州電力に対し、川内原子力発電所(1号機及び2号機)が新規制基準を満たしたとして設置変更を許可する審査書を交付した。
しかし、原子力発電所を運転するには、少なくとも、過酷事故が発生することを前提に、周辺住民を確実に、安全に避難させるための「実効性のある避難計画」策定は必須である。
ところが、現状の避難計画では、住民を確実に、安全に避難させることはできない。
よって、福島第一原子力発電所事故と同様の悲劇が繰り返されないためには、事故時に周辺住民が安全に避難できる「実効性のある避難計画」の策定がなされていない以上原子力発電所の運転がなされてはならない。
そこで、当連合会は、以下の決議をする。
- 九州電力に対し、事故時に周辺住民が安全に避難できる「実効性のある避難計画」が策定されない限り、川内原子力発電所及び玄海原子力発電所の運転(停止中の原発の再起動を含む。)をしないことを求める。
- 国に対し、事故時に周辺住民が安全に避難できる「実効性のある避難計画」が策定されるまで、既設の原子力発電所についての設置変更許可の適合性審査を停止することを求める。
2014年(平成26年)10月31日
九州弁護士会連合会
提案理由
1 福島第一原子力発電所事故による重大な人権侵害
福島第一原子力発電所事故(以下「本件事故」という。)は周辺住民を被ばくさせた上、多くの避難者を生み、多くの帰還困難者を生じさせている。本件事故後約3年半近くが経過した2014年(平成26年)8月14日現在、復興庁が公表している福島県の避難者数は12万6149人(県内避難者7万9000人、県外避難者4万7149人)となっている。 本件事故は、まさしく、重大な人権侵害である。
そして、本件事故は、現在においても収束しておらず、その目途すらたっていない。
また、本件事故については、国会の「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」など4つの事故調査委員会(以下「事故調」という。)が設置され、それぞれ報告書を公表している。しかし、4つの事故調によってもなお、本件事故の全容、事故への地震動の関わりなど重要な点が未解明なままであるといわざるを得ない。原子力発電所(以下「原発」という)内の高い放射線量が直接調査することを不可能にしており、いまだに本件事故の原因は解明されておらず、いつになれば解明されるのかさえわからない状態である。
2 新規制基準では、原発の過酷事故を防げないこと
本件事故が収束しておらず、その原因すら十分に解明されていないにもかかわらず、原発の運転の再開をするための手続が進んでいる。
すなわち、原子力規制委員会による新規制基準に対する設置変更許可に関する適合性審査等が行われており、当連合会の管内では、川内原子力発電所(1号機及び2号機)、及び、玄海原子力発電所(3号機及び4号機)が審査されている。そして、川内原子力発電所については、本年9月10日に、全国で最初に設置変更が許可され審査書が九州電力に交付された。なお、原発の運転の再開のためには、それ以外に工事計画認可と保安規定変更認可の審査も必要とされている。
しかし、その適合性審査の基準であるいわゆる「新規制基準」の対象は、設計基準、地震・津波に関する基準、シビアアクシデント対策に関する基準の3つにとどまっている。これでは、対象が少なすぎ、旧安全指針類中の不備、欠陥は放置されたままである。新規制基準の対象となっている部分の改訂内容も、本件事故のような重大な事故が二度と起きないようにするための内容として、明らかに不足している。例えば、設計基準事故に、地震、津波等の自然現象を原因とする事故を想定して、安全施設が同時に機能しない共通要因故障を考えるべきであるのに、自然現象による事故原因を十分に想定せず、単一故障の仮定のまま安全評価をすればよいとしている上、今回明らかになった脆弱な外部電源の信頼性を高めるべきであるのに、重要度分類指針及び耐震重要度分類上の扱いは最低クラスのままである。そもそも、前記のように本件事故の原因でさえも明らかになっていない状況で、「新規制基準」が同種の過酷事故を防ぐ基準になりえないことは明らかであろう。しかも、このような不備な内容の基準でさえ、一部の対策について5年間の猶予を与える案が出されている。
このような状況では原発過酷事故の再発、及びそれによる悲惨な被害の発生を防止することは到底できない。
3 原子力発電所の運転(停止中の原子力発電所の再起動を含む。)には、「実効性のある避難計画」策定が必要不可欠であること
本件事故は原発に絶対的な安全がないこと、いったん事故が発生すると事故収束が不可能であることを実証した。そして、前記のように、現在の「新規制基準」は過酷事故を完全に防ぐことができない。しかも、そのことについては、少なくとも「新規制基準」を作った原子力規制委員会自体が認めている。
従って、原発を運転するためには、過酷事故が発生することを前提に、周辺住民を確実に、安全に避難させるための、「実効性のある避難計画」策定が必須である。
国際的に見ても、IAEA(国際原子力機関)は5層の防護をもって原発事故に対応する深層防護の概念を取り入れている。IAEAの基準では、原発プラント建設前に、第5層の防護として、事故時の放射性物質による放射能の影響を緩和する緊急時計画を定め、それが実行可能であることが確認されなければならないとされている。
そして、このIAEAの基準は国際社会ではスタンダードなものとされている。アメリカでも、NRC(日本の原子力規制委員会に相当する機関)が、放射性物質が放出される緊急事故時に十分な防護措置が取られうる保証があると判断しなければ、原発の建設・運転許可は認められないこととされており、十分な緊急時計画の策定が許可条件となっている。
翻って、我が国を見るに、我が国では、本件事故以前、保安院と電力会社が地元住民からの原発反対運動が起こらないように、五層目の防護である住民避難計画を軽視してIAEAの国際基準を導入せず、避難計画を稼働の要件とすることもなかった。そのため、実効性のある避難計画は策定されてこなかった。結果、本件事故時には、その場しのぎに避難範囲が拡大され、同原発から近い距離にある5町の住民は20%を超える者が6回以上の避難を余儀なくされ、大混乱に陥った。高齢者、傷病者の中には、移動の疲労から避難途中に亡くなった者もおり、国会事故調報告書によれば2011年(平成23年)3月末までに少なくとも60人が亡くなった。「実効性のある避難計画」がなかったために、取り返しのつかない被害が生じたのである。
以上のとおり、国際基準に照らしても、本件事故の教訓からしても、本件事故時のときのような被害を二度と繰り返さないためには、「実効性のある避難計画」が必須である。
よって、事故時に周辺住民が安全に避難できる「実効性のある避難計画」が策定されるまで、既設の原子力発電所についての設置変更許可の適合性審査は停止されるべきである。
なお、以上は、緊急時に安全圏まで避難するという緊急時避難の計画について述べたものである。しかし、ここで、福島第一原子力発電所事故では未だ13万人以上が避難生活を続け、震災関連死数が地震・津波による直接死の数を超えるという被害を生み出し続けている現状に鑑みたとき、本来、原発の「避難計画」は、緊急時避難計画では足りず、避難者の避難生活のケア、居住地への帰還をも含めた計画であるべきである。緊急時避難計画だけでは、住民の安心・安全な避難には不足すると言わざるを得ないが、だからこそ、少なくとも緊急時避難計画は、実効性のあるものでなくてはならない。以下では、「緊急時避難計画」についてのみ述べる。
4 現在の避難計画が不十分であること
(1)避難計画の責任の所在が曖昧なこと
2012年(平成24年)10月、避難計画の指針となる原子力災害対策指針が策定された。先に述べたとおり、原発が事故を起こす可能性がゼロでない以上、「実効性のある避難計画」は新規制基準と対になるべきものである。原子力規制委員会委員長である田中俊一氏も、避難計画について「新規制基準と避難計画は車の両輪の関係」と述べていた。
ところが、避難計画の策定は法的には原発稼働の要件とされていない上、避難計画の策定は各自治体、民間事業者に丸投げされていて、その実効性を第三者機関が検証する仕組みもない。原子力規制員会も避難計画については責任を持たない。避難計画は論理的には原発稼働の要件ともなるべき重要性を持つにもかかわらず責任の所在は曖昧である。
(2)現状の避難計画では安全な避難ができないこと
当連合会は、本年6月28日、「川内原発の再稼働問題を考える」とのプレシンポジウムを行った。交通工学の専門家からは、川内原発事故時に30km圏内の住民を避難させるのに国道のみ使用して43時間を要するとの試算が出され、被ばくを避けられないことが明らかとなった。さらに、現に発生した本件事故については,人口が1万数千人の浪江町からの避難ですら、全電源喪失から住民の避難完了まで100時間かかったことが報告され、避難シミュレーションの見立て自体も甘いことが厳しく指摘された。また、このプレシンポジウムに先立って、鹿児島県弁護士会が川内原発から30km圏内にある9自治体に対し、避難計画策定状況、避難受入れの準備所状況に関するアンケートを行った結果が、プレシンポジウムの中で報告された。そのアンケート結果からは、避難シミュレーションについては県任せという周辺市町の姿勢が浮き彫りになり、その中でも特に高齢者、傷病者の避難が極めて困難であり確実に避難をさせられる保証がなく、その病院・福祉施設等の個別的避難計画についても「県が施設に策定を働きかけるもの」との回答がなされるなど、結局いまだ自治体同士(周辺市町同士においても県との関係においても)の連携がなく、避難計画の具体化は、「今後検討」という回答が目立ったことが明らかとなった。
本年9月12日に開催された政府の原子力防災会議において、川内原発に関して政府が鹿児島県や地元9市町と共同で策定した避難計画が了承されたが、避難車両の確保や要援護者の受け入れ先などの調整はできていない。
玄海原発においても、佐賀県が行ったシミュレーションでは、日中家族が全員自宅にいるとの想定でも、避難に30時間程度を要するとされており、被ばくをせずに避難することは不可能と言わざるを得ない。さらに、市民団体による調査によれば、玄海原発においても川内原発と同様、避難を受け入れる側の自治体の人的・物的リソースが絶対的に不足している。
現状の避難計画では、住民を確実に、安全に避難させることは不可能と言わざるを得ない。特に、高齢者、傷病者などの避難弱者は避難できないから、川内原発、玄海原発で避難を要する過酷事故が起これば、本件事故と同様の悲劇が繰り返されることは明らかである。
(3)「実効性のある避難計画」の策定がなされていない現状の問題点
原発を運転すれば事故が起こる可能性は否定できない。そうであれば、事故が起こることを前提に、住民を安全かつ安心に避難させるための「実効性のある避難計画」が必須である。ところが、現状では責任の所在も曖昧なままであり、「実効性のある避難計画」は策定できていない。避難計画の策定が運転の要件になっていない点でも、我が国の避難計画の制度枠組みは国際基準にも達しない不十分なものである。これでは、事故時の住民の安全は担保されておらず、このままでは福島第一原子力発電所事故と同様の被害が再び繰り返される危険があると言わざるを得ない。
5 再稼働に関する自治体の反対
以上述べてきたように、避難計画に関する責任の所在が曖昧なまま、自治体は避難計画策定を丸投げされている。いったん過酷事故が起これば原発事故の被害は迅速に、かつ極めて広範囲に広がる可能性があるところ、住民を確実に守るための避難計画を策定することは至難である。そして、先に述べたとおり、実効性のある避難計画は現実に策定できてない。
この状況の中、多くの自治体から原発再稼働に反対する決議等が上がっている。
2013年(平成25年)12月には大分県日田市が、本件事故と同様の事故が玄海原発で発生した場合には深刻な被害を免れ得ないとして再稼働反対の意見書を出した。2014年(平成26年)3月には福岡県遠賀郡水巻町が、玄海原発で過酷事故が起きた場合には町民の大量被ばくは避けられず、避難も必要になるとして玄海原発再稼働反対の決議を上げた。同年6月には福岡県中間市が避難計画の不備に言及して玄海原発再稼働反対の決議を上げた。さらに、同年7月には鹿児島県姶良市が、実効的な避難計画が策定されない状況での拙速な再稼働に反対するとして川内原発再稼働反対及び廃炉を求める決議をあげている。他にも、2013年(平成25年)12月に福岡県行橋市が川内原発・玄海原発の再稼働中止を求める決議を上げ、2014年(平成26年)7月には鹿児島県いちき串木野市が現行の避難計画には不備があるとして実効性のある計画を作るよう県に求める意見書を可決している。
このような自治体の動きは、まさしく、現在の「避難計画」が「実効性のある避難計画」ではないことを如実に表している。
6 弁護士会のこれまでの取り組み
当連合会は、2011年(平成23年)10月28日に「現在停止中の川内原子力発電所1号機、2号機、及び玄海原子力発電所4号機の再起動に際しては、原子力発電所の立地自治体のみならず事故による影響が懸念される周辺地域の住民の意見を尊重して慎重に検討すること」及び「再起動したとしても、10年以内のできるだけ早い時期に全て廃止すること」等を求める「原子力発電からの撤退と再生可能エネルギーの推進を求める決議」を決議した。
日弁連は、その後、脱原発の立場を進め、平成25年(2013年)10月4日の人権擁護大会、及び、2014年(平成26年)5月30日の定期総会のいずれにおいても、「既設の原発について、原子力規制委員会が新たに策定した規制基準では安全は確保されないので、運転(停止中の原発の再稼働を含む。)は認めず、できる限り速やかに、全て廃止すること」を求める決議・宣言を採択した。
さらに、避難計画に関して、日弁連は2014年(平成26年)6月20日に、原子力規制委員会が、新規制基準に基づく審査を継続しており、九州電力の川内原発については、最も審査が進んでいるといわれていることをふまえて、新規制基準の問題点のうち、原子炉と周辺住民との間の離隔及び周辺住民の安全な避難の確保について,特に意見を述べるとして、新規制基準には、「事故時に、周辺住民が安全に避難できる避難計画が策定されていること」に関する審査基準が欠けていることなどを理由として「既設の原子力発電所についての設置変更許可の適合性審査を停止すべきである」という「新規制基準における原子力発電所の設置許可(設置変更許可)要件に関する意見書」を公表した。
7 まとめ
前項で述べた当連合会の立場からすれば、実効性のある避難計画が策定されていない現時点において、しかも、川内原子力発電所が全国で最初に運転を再開しようとする現在、当連合会としては、原発の運転の再開に関して、意見を公表する必要性が高い。
よって、当連合会は「実効性のある避難計画」が策定されることなく原子力発電所を運転することに反対するとともに、「実効性のある避難計画」が策定されるまで、既設の原子力発電所についての設置変更許可の適合性審査を停止することを求めて、ここに決議する。
以上