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菊池事件国賠訴訟判決を受けた理事長声明

熊本地方裁判所は,令和2(2020)年2月26日,いわゆる菊池事件国賠訴訟に関して,菊池事件の審理が憲法に違反するとしつつ,結論として原告らの請求を棄却するとの判決を言い渡した(以下「本判決」という。)。

菊池事件は,ハンセン病患者とされた被告人が,自分の病気を熊本県衛生課に通報した村役場職員を逆恨みして殺害したと疑われた事件である。菊池事件では,菊池恵楓園・菊池医療刑務所内の「特別法廷」が開廷場所として指定され,被告人が無実を訴えながらも,昭和28(1953)年8月29日,第1審死刑判決が下され,同37(1962)年9月14日,死刑が執行された。

菊池事件国賠訴訟は,平成29(2017)年8月,ハンセン病病歴者らが,菊池事件は冤罪であり,憲法違反の審理によって死刑が執行されたもので,被告人に無罪を言い渡すべき証拠もあるところ,憲法尊重擁護義務を負う検察官には再審請求権限を行使する義務があるにもかかわらず,それを行使しなかったことは,ハンセン病病歴者らの被害回復請求権を侵害するものであると主張して,提訴したものである。

本判決では,菊池事件における開廷場所指定,第一審・控訴審の審理及び態様(予防衣を着用し,証拠物を扱う際に手にゴム手袋をはめる等したこと)は,ハンセン病患者であることを理由とした合理性を欠く差別であって,憲法14条1項(平等原則)に違反するとともに,総体として見ると,ハンセン病に対する偏見・差別に基づき被告人の人格権を侵害したものとして憲法13条に違反するという明確な違憲判断を下した。また,菊池恵楓園は,一般国民の訪問が事実上不可能な場所であり,裁判の公開原則を定めた憲法37条1項,82条1項に違反する疑いがあるとも判示した。さらに,被告人が犯行を全面的に否認しているにもかかわらず,第一審の弁護人が公訴事実を争わず,しかも有罪立証のための検察官請求証拠を争わずに全て同意したこと等は,弁護人の誠実義務に違反し,実質的な意味での弁護人選任権を侵害した疑いがあるとも判示した。

本判決が,昭和27(1952)年から同29(1954)年にかけて行われた菊池事件の開廷場所指定及び審理が憲法に違反していると正面から認めたことは,遅くとも昭和35(1960)年以降の開廷場所指定について,裁判所法違反のみを認めた最高裁判所事務総局「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」(平成28年)から大きく踏み込んだものであり,司法によるハンセン病への差別・偏見の違憲性を問いかけた本件訴訟の原告らの訴えに対して真摯に応えたものとして,高く評価することができる。

しかし,本判決は,菊池事件の審理に憲法違反があることを認めておきながら,再審事由があることは否定した。これでは,憲法違反のある審理によって下された死刑判決が是正されないことにもなりかねない。憲法を最高法規とする我が国の法体系の下では,憲法に違反した審理によって下された判決は,公益の代表者である検察官が国家の責務として是正すべき義務を負っているというべきである。

当連合会は,平成25(2013年)年4月30日付「『菊池事件』について検察官による再審請求を求める理事長声明」において,菊池事件の審理の違憲性のみならず,実体的にも有罪判決に合理的疑いが残るとして,検察官に再審請求を行うことを求める声明を公表していた。本判決の明確な違憲判断を踏まえて,改めて,検察庁に対し,菊池事件の再審請求を行うよう求める。

また,「隔離法廷」「差別法廷」とも称される「特別法廷」は,司法によるハンセン病に対する差別・偏見の現れである。当連合会は,平成28(2016)年度の定期総会で採択した「ハンセン病『特別法廷』と司法の責任に関する決議」において, 「特別法廷」の人権侵害性及び違憲性を指摘していたところ,本判決も踏まえれば,「特別法廷」95件(そのうち34件が菊池恵楓園または菊池医療刑務支所)は全て憲法13条,14条1項に違反していたことになる。さらには,ハンセン病療養所内での開廷は裁判の公開原則に違反する疑いがあるとともに,弁護人の対応によっては,実質的な意味での弁護人選任権侵害の疑いも生じていることになる。

当連合会は,司法の一翼を担う弁護士が,憲法違反の「特別法廷」に数多く関与し,差別的取扱いに加担してきたことについて,改めて,その事実を重く受け止め,その責任を痛感して,反省の念を表するとともに,被告人やご遺族,ハンセン病病歴者やその家族らをはじめとして,ハンセン病特別法廷を通じて被害を受けたすべての方々に対し,深く謝罪の意を表する。

当連合会は,これからも,菊池事件を含めたハンセン病患者・元患者に対する再審支援等を含めた名誉回復措置,ハンセン病政策の歴史を踏まえた当連合会内弁護士に対する人権研修,及び,これらを含めた再発防止策をより一層講じていくなど,更なる努力をしていく決意である。

2020年(令和2年)3月30日

九州弁護士会連合会
理事長 宮國 英男

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