子どもの貧困を解消し、全ての子どもが健やかに成長し発達する権利の実現を求める決議
子どもは、未来を担う「社会の宝」であり、無限の可能性がある。
子どもは、独立した人格を持つ権利の主体であり、憲法上、幸福追求権(13条)、法の下の平等(14条)、生存権(25条)、教育を受ける権利(26条)が保障されている。また、「子どもの権利条約」においても、「児童の最善の利益を主として考慮すること」(3条)を基本として、子どもの生存及び発達の権利(6条)、相当な生活水準についての権利(27条)等が保障され、全ての子どもには、健やかに成長し発達するための様々な権利が保障されている。
しかし、近年、子どもの貧困が深刻な事態となっており、これにより、多くの子どもの成長し発達する権利が侵害されている。
日本における子どもの相対的貧困率は、2015年で13.9%であるところ、2010年にはOECD(経済協力開発機構)の平均値を超え、加盟国34か国中10番目に高い数値だった。また、日本においては、特にひとり親世帯における子どもの貧困が深刻であり、同年におけるひとり親世帯の相対的貧困率は、OECD加盟国中最も高い数値だった。
国は、子どもの貧困対策を総合的に推進するため、2013年6月に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」を制定し、2014年8月に「子供の貧困対策に関する大綱」を閣議決定した。これを受けて、九州の各県は、子どもの貧困対策計画を策定し、様々な施策に着手している。
しかし、子どもの貧困解消への対策として十分とは言いがたい。
生まれ育った環境によって子どもの現在及び将来が左右され、その成長、発達が阻害されることはあってはならない。子どもの貧困は、社会全体の問題であり、親や子どもの自己責任の問題ではない。子どもの貧困が生ずる構造的な問題を根本から解決し、全ての子どもが健やかに成長し発達する権利が十分に保障され、子ども一人ひとりが夢や希望を持つことができる社会を実現しなければならない。
そこで、当連合会は、子どもの貧困を解消し、全ての子どもが健やかに成長し発達する権利を実現するため、国及び地方公共団体に対し、次のとおり求める。
1 実態調査と目標設定に基づく政策策定
国及び市町村を含めた各地方公共団体において、生活保護世帯や児童養護施設に入所している子どもだけでなく、子どもの貧困の全般的な実態調査を行い、その調査結果に基づいて、期間を定めた具体的かつ有効な目標設定を行い、それに向けた総合的かつ具体的な子どもの貧困対策を策定し、実行すること。
2 実効的な所得再配分政策の構築
児童手当をはじめとする子育て世帯への公的給付の拡充のみならず、税制の見直しを通じた実効的な所得再配分政策を構築すること。
3 子育てないし子どもの育ちのための予算の大幅増額
給付型奨学金制度や大学学費の減免等を拡充し、将来的には就学前教育・保育から高等教育までの全ての教育を無償化すること、子どもの医療費の無償化及び窓口負担をなくすこと等、子育てないし子どもの育ちのための予算を大幅に増額すること。
4 生活の経済的困難さの解消
最低賃金を尊厳ある生活を保障する水準に引き上げ、賃金向上や正規雇用化を促進するための助成金や税制上の優遇措置を拡充すること等により、不安定・低賃金労働を解消すること。
5 ひとり親世帯への支援
貧困がより深刻な母子家庭を中心とするひとり親世帯に対し、児童扶養手当の拡充、住居費・医療費助成の拡充、相談体制の整備等により生活全般にわたる支援を強化すること。
6 子どもの居場所設置等に対する継続的支援
子ども食堂等の子どもの居場所設置等新たな子どもの貧困対策について、その効果を検証しつつ、有効な施策が恒常的な施策となるよう、国及び地方公共団体として継続的に支援すること。
7 子どもの権利基本法及び子どもの権利条例の制定
子どもの貧困が子どもの権利の侵害であるという認識のもと、子どもへの支援を総合的かつ継続的に進めるため、国において子どもの権利基本法を、地方公共団体ごとに子どもの貧困対策を盛り込んだ子どもの権利条例を、それぞれ制定すること。
さらに、当連合会としても、子どもの貧困への対策として、子ども及びその家族に対する相談支援の充実、困難を抱えた子どもに対する弁護士による救済や自立支援活動の拡充、関係諸団体との協力関係の構築などの取組みを進めつつ、継続的に子どもの貧困に関する調査研究・提言等の活動を行い、弁護士による法的支援をより一層強化させて子どもの貧困を解消するために全力を尽くすことを決意する。
以上のとおり、決議する。
2019年(令和元年)10月25日
九州弁護士会連合会
提案理由
1 日本における子どもの貧困の現状
「入学金や学費のことを心配して大学や専門学校への進学を諦める。」 「家計が厳しいので部活動を諦める。」「夜はコンビニおにぎりかカップラーメンばかり食べている。」「むし歯になっても治療をしない。」
日本社会には、保育料、授業料、給食費などを滞納する世帯、家庭で落ち着いて勉強をする環境がない子ども、高校や大学の中退を余儀なくされたり進学を諦めたりする子ども、十分な栄養のある食事をとれていない子ども、必要な医療を受けられていない子ども等、経済的な事情に起因して様々な不利益を被っている子どもたちがたくさんいる。
日本の子どもの相対的貧困率(収入から税金などを控除した一人当たりの可処分所得が、全国民の中央値の半分に満たない人の割合)は、1990年代半ば頃からおおむね上昇傾向にあり、厚生労働省が発表した2015年の数値は、13.9%である。2012年の16.1%よりは下落したものの、依然として高い水準である。2014年版「子ども・若者白書」によると、日本の子どもの相対的貧困率は、2010年時点では、OECD(経済協力開発機構)の平均値を超え、加盟国34か国中10番目に高い数値だった。
貧困率算定の基礎となる貧困ラインは、1人あたり年122万円であるところ、親と子1人ずつのひとり親世帯(2人世帯)に換算すると、年173万円、月額約14万円である。この金額では生活するだけで精一杯で、塾や習い事をさせるだけの余裕がないばかりではなく、修学旅行に行くなどの通常の学校行事への参加すら難しいと考えられるが、7人に1人の子どもがこの金額以下での生活を強いられているということである。
子どもの貧困は、当連合会の本年の大会開催地である沖縄県においては特に深刻であり、2015年度の沖縄県の子どもの相対的貧困率は、29.9%である。これは、全国の約2倍であり、極めて憂慮すべき事態にある(なお、沖縄県が2018年度に実施した調査により推計した子どもの相対的貧困率は25%であるが、これは、2015年度調査とは調査対象等が異なるものである。)。
2 実態調査と目標設定に基づく政策策定
効果的な子どもの貧困対策のためには、期間を定めた具体的かつ有効な目標設定、それに向けた政策の策定・実行が必要である。
この点、イギリスでは、1999年、「子どもの貧困を2004年までに4分の1に削減する、2010年までに半減させる、そして、2020年までに根絶する」との目標を設定し、その目標達成のために様々な政策を実行に移したところ、ひとり親の就労が進んだこと、有子世帯に対する社会保障給付水準が大幅に拡大したことなどにより、多くの子どもが貧困から脱却し、効果を上げたと言われている。
そこで、日本においても、国として、生活保護世帯や児童養護施設に入所している子どもだけでなく、子どもの貧困の全般的な実態調査を行い、その調査結果に基づいて、期間を定めた具体的かつ有効な目標設定を行い、それに向けた総合的かつ具体的な子どもの貧困対策を策定し、実行すべきである。
また、子どもの貧困の状況は、地域によって差があるところ、地域の実情に応じた実効的な施策が望まれることから、市町村を含めた地方公共団体においても、子どもの貧困の実態調査を行い、その調査結果に基づいて、期間を定めた具体的かつ有効な目標設定を行い、それに向けた総合的かつ具体的な子どもの貧困対策を策定し、実行すべきである。この点、2019年6月、「子どもの貧困対策推進に関する法律」が改正され、市町村においても、子どもの貧困対策の計画策定が努力義務とされたのであり、市町村においても、計画策定及び実態調査を行うことが望まれる。
3 実効的な所得再配分政策の構築
(1) 日本における所得再配分機能の低さ
所得再配分とは、所得格差を是正するために、市場で分配された所得を、租税や社会保障を通じて再配分することである。すなわち、富の偏在に対し、低所得者への生活費控除や高額所得者への累進課税等の課税制度、低所得者への社会保障給付を行うことなどにより、実質的な平等を図る機能である。
内閣府「平成21年度年次経済財政報告」(2009年7月、243頁参照)によると、日本は、公的移転(社会保障による現金給付にほぼ等しい概念)による再配分効果は、21か国中3番目に小さく、税による再配分効果は、21か国中最も低かった。また、日本は、政策分野別の社会支出の対国内総生産(GDP)比について、家族関係社会支出が極端に少なく、子育てを家族の経済力に委ねる「家族依存社会」となっている。
このように、日本は、租税や社会保障制度による所得再配分機能が低く、これが貧困を招く原因となっている。
そこで、租税や社会保障制度による実効的な所得再配分政策を構築する必要がある。
(2) 児童手当をはじめとする公的給付の拡充
子育て世帯の所得保障政策として、児童手当が支給されているが、現状の児童手当の金額では、子育て世帯、特に所得が低い子育て世帯にとっては、十分な金額ではない。教育費の負担が続く高校入学以降に支給されない点も不十分であり、拡充が望まれる。
また、現金給付以外においても、子育てにかかる費用を軽減し、サービスする現物給付を拡充する等、子育て世帯への公的給付を拡充すべきである。
(3) 税制の見直しを通じた所得再配分機能の実効化
社会保障制度の実施には財源確保が不可欠であり、財源の核となる税制は重要である。この点、日本においては、所得税の最高税率の低減、法人税の引下げや大企業及び投資家などの優遇税制、逆進性を有する消費税の税率引上げによる増税等により、応能負担原則が徹底されず、高額所得者に恩恵を与える内容となっており、所得再配分機能を十分に果たせていない。
社会保障制度の財源を考えるにあたっては、財源確保の安定性の要請も必要ではあるが、応能負担原則や所得再配分機能が果たせる税制の見直しをすべきである。
4 子育てないし子どもの育ちのための予算の大幅増額
(1) 教育費
- 総論
日本において子どもの貧困を深刻にしている要因として、各家庭に おける教育費の負担が大きいという特徴があげられる。1970年代以降、教育においても受益者負担の考えが強まり、公的な教育予算、学校予算の削減が進められ、家庭における教育費の負担が増加していった。
この点、OECDの発表(Education at a Glance 2018)によると、2015年の時点で、国内総生産(GDP)に占める小学校から大学までに相当する教育機関への公的支出の割合は、日本は2.9%であり、比較可能な34か国中で最も低かった。OECD平均は4.2%である。一方で、日本の子ども1人当たりの教育経費は、小学校から大学までで1万2120ドルであり、OECD平均の1万0391ドルを上回った。教育費が比較的高いのに公的支出の割合は少ないため、教育経費については家庭負担に頼っているというのが日本の現状である。その結果、家庭の経済力が子どもの進路選択に大きな影響を与えることとなっている。
そして、最終学歴の違いが、生涯年収に影響する傾向が顕著であり、中学卒と大学・大学院卒で約8000万円、高校卒と大学・大学院卒で約6000万円の差が生じているというデータもある(労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2016」)。
このような現状を見るに、教育への公的支出の不十分さが、世帯間の格差の固定化、貧困の世代的再生産(貧困の連鎖)を一層推し進めてしまっていると言わざるを得ない。
- 就学前教育・保育
2019年5月、「子ども・子育て支援法」が改正され、幼稚園、保育所、認定こども園等を利用する3歳から5歳までの全ての子ども及び0歳から2歳までの子どもについては住民税非課税世帯を対象として、同年10月より利用料が無料となることになった。無償化の方向は支持できるが、待機児童解消の問題、保育士不足の問題、保育所最低基準が適用されない認可外保育施設等における保育の質担保の問題、食材費等の扱いの問題等、問題が山積している。
将来的には、これら問題を解決しつつ、就学前の0から5歳の全ての子どもたちの利用料が完全に無償化されるべきである。
- 義務教育
義務教育課程において、現在無償とされているのは、授業料と教科書代のみである。給食費、副教材費、制服代、修学旅行代などの実際に義務教育にかかる多くのお金は、保護者の負担である。経済的に余裕がない家庭に対しては、これら費用を市町村が支給する就学援助制度があるが、就学援助制度の運用と内容は、各自治体に委ねられており、地域によって、受けられる支援が異なっているのが現状である。
憲法が、国民はその保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負うと定めている以上、授業料、教科書代のみならず、副教材費、給食費、制服代等についても、完全に無償とすべきである。
- 高校
文部科学省が公表した2016年度の「子供の学習費調査」によれば、全国における学習費(学校教育費、学校給食費、学校外活動費)は、公立高校でも約45万円、私立高校では約104万円にも及んでおり、高校における私費負担は高額である。
中学校卒業者の高校進学率は99%にも達しており、ほとんどの子 どもが高校に進学しているのであるから、義務教育同様に高校授業料の完全無償化を行い、さらにそれ以外にも無償範囲を広げていくべきである。
- 大学等
大学の学費の高騰と親世代の収入の低下が原因で、大学に進学する ためにおよそ2人に1人が奨学金を借りており、将来の返済が負担になるために大学等への進学を諦める若者も少なくない。
2019年5月、低所得世帯の学生を対象に大学等高等教育の修学支援策として「大学等における修学の支援に関する法律」が成立し、大学等の授業料等減免制度の創設と独立行政法人日本学生支援機構の行う学費支給金(給付型奨学金)の拡充がなされることとなった。無償化の方向性については評価できるが、所得制限や学費免除の範囲が限られおり、極めて不十分である。今後、より一層給付型奨学金制度や大学等の学費の減免を拡充するべきであるし、将来的には大学等の学費の全面的な無償化がなされるべきである。
(2) 医療費
医療費のことを気にして病気やケガをしても病院に行けない子どもがいる。経済的に厳しい家庭が、窓口負担がある場合に受診を抑制してしまうことも少なくない。
厚生労働省による2017年度「乳幼児等にかかる医療費の援助についての調査」によれば、全ての都道府県及び市町村が医療費の援助を実施していることが明らかとなっている。しかしながら、対象年齢、所得制限、自己負担の有無、窓口負担等について、自治体ごとに対応のばらつきがある。
子どもの生存権は、子どもの成長、発達の基盤であり、全ての子どもが家庭の経済的状況にかかわりなく、医療費の心配なく安心して医療を受けられることは極めて重要である。子ども期に経済的状況から必要な医療が受けられないことは、将来にわたる健康格差を招きかねない重大な問題である。社会全体にとっても、子どもの病気の早期発見・早期治療を可能として、重症化や将来にわたる健康への悪影響を防ぐことは重要である。
したがって、全ての子どもの医療を無償化し、窓口負担もなくすべきである。
子育てないし子どもの育ちのための予算の大幅増額
以上述べてきたとおり、教育や医療にかかる費用を無償化し、子育ての私費負担を低減させることが必要であるところ、子どもの育ち(成長発達)を十分に保障するためには,無償化によって質が落ちることはあってはならず、十分な質の確保のための措置が講じられなければならない。また、子育ての私費負担軽減だけでなく、子どもの居場所の拡充、学習支援、スクールソーシャルワーカーや児童福祉司等教育や福祉機関の人員拡充、妊産婦への支援の充実等も必要である。
このようなことから、子育てないし子どもの育ちのための予算を大幅に増額すべきである。
5 生活の経済的困難さの解消
(1) 最低賃金の引上げ
働いているにもかかわらず経済的困難を抱えている子育て世帯の可処分所得の向上のためには、賃金を上げることが必要である。
この点、日本の2018年の平従業員1人あたりの年間の平均賃金は4万0573ドルであるところ、G7中でイタリアに次いで低く、OECDの平均である4万6686ドルよりも低い。G7中1位のアメリカは6万3093ドルであるところ、アメリカの平均賃金の僅か64%にすぎない。
このように、日本の賃金はG7の中でも低い賃金である。
そして、日本の最低賃金は、2019年10月より、全国加重平均額で901円となったところ、フルタイム(1日8時間、週40時間、月173時間)で働いたとしても、月収約15万5900円、年収約187万0800円である。この収入だけで、労働者の生活を維持することは極めて難しく、病気や怪我などに備えて貯蓄へ回す金銭すらない。また、全国加重平均額より高い時給の地域は東京都、神奈川県、大阪府など都市部の都道府県にすぎず、他の大多数の都道府県は全国加重平均額より低額である。
日本の最低賃金は先進諸外国の最低賃金と比較しても著しく低い。フランス、イギリス、ドイツの最低賃金は、日本円に換算するといずれも1000円を超えており、アメリカでも、ワシントン州やカリフォルニア州の一部の市などが15ドルへの引上げを決定したのを始め、全米各地の自治体で最低賃金大幅引上げが相次いでいる。国際的に見て日本の最低賃金の低さは際立っているといえる。
働いているにもかかわらず貧困状態にある者の多数は、最低賃金付近での労働を余儀なくされており、最低賃金の低さが貧困状態からの脱出を阻止する大きな要因となっている。
そこで、最低賃金を、尊厳ある生活を保障する水準に引き上げるべきである。
(2) 助成金や税制上の優遇措置
非正規雇用労働者は、1990年代から上昇しており、2019年4~6月期平均で、役員を除く雇用者に占める非正規の職員・従業員の割合(非正規雇用率)は、37.3%である(総務省統計局「労働力調査(詳細集計)」)。非正規雇用労働者は、正規雇用労働者に比べて賃金が安く、地位も不安定である。事業者における教育訓練の実施状況についても、正社員以外に教育訓練を実施している事業者は少なく、適切な指導がなされていないという問題もある。このような非正規雇用労働者の拡大が、ワーキングプア等働いているにもかかわらず経済的困難を抱える者を増大させる一因となっているものと思われる。
このような低賃金労働を強いられている者の所得向上のために、企業が賃上げや正規雇用化を積極的に進めることが必要であるところ、企業の努力だけに頼るのは限界がある。
そこで、賃金向上や正規雇用化が企業にとっても有益になるよう、行政が後押しする施策が必要であり、助成金や税制上の優遇措置、企業認証制度等企業にインセンティブを付与するような積極的な措置を講じるべきである。
6 ひとり親世帯への支援
厚生労働省が発表した2015年の子どもがいる現役世帯のうち大人が1人の世帯(ひとり親世帯)の相対的貧困率は50.8%にも上っており、2010年時点において、OECD加盟国中最も高い数値だった。
日本の母子世帯の就労率は81.8%、父子家庭の就労率は85.4%であり、ほとんどのひとり親世帯の親は働いている。母子世帯の平均就労収入200万円、平均年収243万円、就労形態「パート・アルバイト等」が43.8%であり(平成28年度全国ひとり親世帯等調査)、母子世帯においては、働いているのに経済的困難を抱えているというワーキングプアの実態がある。日本のひとり親は、高い就労率にもかかわらず貧困率が高く、就労によっても貧困から抜け出せない状況となっているのであり、これが日本の貧困問題の特徴の一つとなっている。
ひとり親世帯で養育される子どもの中学校卒業後の進学率は、96.3%であり、全世帯の進学率99.0%との間に有意な差が生じている。また、高校卒業後の大学・専修学校への進学率に至っては58.5%と、全世帯の大学・専修学校への進学率72.9%との間に、一層大きな開きが認められる(内閣府「平成30年度子供の貧困の状況及び子供の貧困対策の実施状況」)。学歴と生涯賃金収入に一定の相関関係があることから、ひとり親世帯で育った子どもたちが貧困のために進学することができず、自身の賃金収入によって貧困から抜け出すこともできないという深刻な悪循環が生じている。
このような母子世帯を中心とするひとり親を支援するため、児童扶養手当の拡充、住居費・医療費助成の拡充、相談体制の整備等により生活全般にわたる支援を強化することが必要である。
7 子どもの居場所設置等に対する継続的支援
子どもの貧困対策として、全国的に子ども食堂の開設が進んでいるところ、NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえの発表によると、2019年6月現在、子ども食堂が全国に3718か所設置されているとされる。
子ども食堂や学習支援を実施する場所のように、家でも学校でもなく自分の居場所と思えるような子どもの居場所による支援は、そこで得られる食事や体験、人間関係等を通じて、子どもの学習理解度や対人関係、自己効力感などに効果があると言われており、継続的な支援が望まれる。
この点、沖縄県においては、2016年度より、内閣府による「沖縄県子供の貧困緊急対策事業」が実施され、年間約10億円の予算を付けて子どもの居場所設置等の新たな子どもの貧困対策の事業が実施され、この事業によって新設された子ども食堂等の子どもの居場所についても、子どもの貧困対策のための一定の役割を果たしている。しかし、この事業が終了してしまうと、このような事業により運営されている子ども食堂等の子どもの居場所の運営が立ち行かなくなってしまうおそれがあり、このような事態になることは、居場所を利用している子どもたちが、居場所やそこで得られる食事や体験、人間関係を失うことになってしまい、利用している子どもたちに悪影響を及ぼす。
そこで、子ども食堂等の子どもの居場所設置等新たな子どもの貧困対策について、その効果を検証しつつ、有効な施策が恒常的な施策となるよう、国及び地方公共団体として継続的に支援する必要がある。
8 子どもの権利基本法及び子どもの権利条例の制定
子どもは、この社会の未来を担う存在である。その子どもが、生まれた世帯の養育環境によって成長発達を阻害され、自己実現を図れないような社会であってはならない。
子どもの成長には、衣食住、医療、保育、教育、社会参加等が必要であるが、上記のような貧困状態に置かれたために、通常得られるモノを得られない、通常経験できることができない等の発達の諸段階におけるさまざまな機会が奪われ、人生全体に影響をもたらす深刻な不利益を受けている子どもが少なくない。
人間形成の重要な時期である子ども期の貧困は、学習・教育機会の制約により進学や就職における選択肢が狭められ、自ら望む人生を選び取ることができなくなるおそれがある。また、子どもの貧困を放置すると、子ども時代の貧困が大人になっても解消されず、次の世代の子どもまでも継続して貧困状態に置かれる「貧困の世代的再生産」(貧困の連鎖)が生ずる懸念もある。
憲法13条は、一人ひとりの人間が人格の担い手として国政のあらゆる場において最大限尊重されなければならないという個人の尊厳原理に立脚し、幸福追求権について最大の尊重を求めている。心身ともに未熟さを抱えている子どもにとっては、その発達に応じた「最善の利益」が保障されて初めて個人として人格的に最大限尊重されることになる。また、憲法25条は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を、憲法26条は、教育を受ける権利を保障しているところ、子どもの権利条約の理念に基づき、子どもに対する教育は子どもの成長及び発達を保障する水準が確保されなければならない。憲法14条で法の下の平等が定められていることからしても、憲法は、全ての子どもが経済的及び社会的な制約に左右されずに成長し発達する権利を保障しているというべきである。
さらに、子どもの権利条約は、子どもの最善の利益(3条)を基本理念として、子どもの生存及び発達の権利(6条)、健康を享受する権利(24条)、社会保障の給付を受ける権利(26条)、子どもの身体的・精神的・道徳的・社会的な発達のために相当な生活水準についての権利(27条)、教育についての権利(28条)等を認めている。
私たちが求めているのは、このような子どもが健やかに成長し発達する権利が十分に保障される仕組みが整った社会である。
このような子どもが健やかに成長し発達する権利の実現のために、子どもの貧困が子どもの権利の侵害であるという認識のもと、子どもへの支援を総合的かつ継続的に進めるため、国において子どもの権利基本法を制定すべきである。また、地方公共団体ごとに子どもの貧困対策を盛り込んだ子どもの権利条例を制定すべきである。
9 むすび
これまで述べたように、子どもは、独立した人格を持つ権利の主体であり、一人ひとりの個性に応じて最大限に成長発達が保障されなければならない。そのための子育てや教育は、社会全体で支えるべきものであり、その負担は公的責任において行うことが必要である。
国は、子どもの貧困対策を総合的に進めるために、2013年6月に「子どもの貧困対策推進に関する法律」を制定し、2014年8月に「子供の貧困対策に関する大綱」を閣議決定した。その後、国において様々な子どもの貧困対策のための事業が進められている。
また、九州の各県は、子どもの貧困対策計画を策定し、様々な対策を進めている。
しかし、前述した通り、子どもの貧困の実態は依然として深刻な状況であり、その対策は不十分と言わざるを得ない。
そこで、当連合会は、国及び地方公共団体に対し、前記のような対策を実施することを求め、もって、子どもの貧困を解消し、全ての子どもが健やかに成長し発達する権利の実現を求めるとともに、当連合会としても、子どもの貧困への対策として、子ども及びその家族に対する相談支援の充実、困難を抱えた子どもに対する弁護士による救済や自立支援活動の拡充、関係諸団体との協力関係の構築などの取組みを進めつつ、継続的に子どもの貧困に関する調査研究・提言等の活動を行い、弁護士による法的支援をより一層強化させて子どもの貧困を解消するために全力を尽くすことを決意する。
以上