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辺野古新基地建設事業の停止を求める意見書

第1 意見の趣旨

国は、沖縄県名護市辺野古の辺野古崎地区及びこれに隣接する水域等を埋め立て対象地とする普天間飛行場代替施設建設事業に係る公有水面埋立事業(以下「辺野古新基地建設事業」という。)を直ちに停止せよ。

第2 意見の理由

1 生物多様性保全の重要性

地球上の全ての生物は、様々な個性を持ち、食物連鎖や花粉を運ぶ昆虫と植物の共生など、つながりあい、直接間接に支えあって生きている。生物多様性とは、こうした生物の豊かな個性とそのつながりをいう。生物多様性は、様々な恵みを私たちにもたらしており、その保全は、私たちが生存するために不可欠である。特に、わが国は四方を海で囲まれ、これまで沿岸域の恩恵を受けて来ており、沿岸域の生物多様性が維持されることはわが国における重要な人権課題である。

当連合会は、2010年(平成22年)10月22日に「やんばる地域をはじめとして、すべての地域での効果的な生物多様性地域戦略を策定することを求める宣言」を採択し、生物多様性の保全が人間の生存に不可欠であることを確認し、実効性のある生物多様性地域戦略の策定を求めている。

2 辺野古崎・大浦湾海域の価値

辺野古崎・大浦湾海域は、沖縄本島名護市東海岸の太平洋に面する地区に位置する。同地域は、サンゴ礁が広がる辺野古崎周辺と外洋的環境から内湾的環境の特徴を持つ大浦湾が一体となって存在する極めて稀な地理的特徴を有し、沖縄本島で最大規模の海草藻場を形成している。当連合会が2020年に実施した沖縄県に対するヒアリング調査において、沖縄防衛局によれば、2019年度に実施した調査で、調査地点により夏季には13種類から125種類もの海草藻類が、冬季には16種類から117種類もの海草藻類が確認できたとの回答があった。海藻草類は、ジュゴン等の餌として重要であるばかりでなく、魚類、甲殻類等の海生生物の生息の場としても重要な役割を担っている。

ジュゴンは、環境省レッドリスト2020において、絶滅危惧ⅠA類(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)に分類されている。沖縄本島では、沖縄防衛局の調査でも少なくとも3頭のジュゴンが確認されており、はみあとを残したこともあるなど、大浦湾はその生息のために重要な役割を担っていると考えられている。

また、同海域には、多種多様なサンゴ類が生息している。ユビエダハマサンゴの大群集が分布し、チリビシと呼ばれる海域で長さ50m、幅30m、高さ12mの世界最大級のアオサンゴ群落が広がるなど良好なサンゴ礁が維持されている沖縄本島では数少ない場所である。前記の当連合会が実施したヒアリング調査において、沖縄防衛局によれば、辺野古崎・大浦湾海域には、調査地点により、夏季に71種類から124種類、冬季に65種類から128種類のサンゴ類が確認されたとの回答があった。サンゴ礁には多様な生物が集まるため、辺野古崎・大浦湾海域は、極めて生物多様性の高い地域となっている。

このように辺野古崎・大浦湾海域は、海藻類・サンゴ類・ジュゴン等多種多様な種の生息域となっており、生物多様性の極めて豊かな海域であり、かかる生物多様性の豊かさに鑑みて、日弁連も、2013年(平成25年)11月21日に提出した「普天間飛行場代替施設建設事業に基づく公有水面埋立てに関する意見書」において、国及び沖縄県に対し、辺野古崎付近の海域及び大浦湾につき、自然公園法に基づく国立公園に指定する等の保全措置を講じ、ラムサール条約上の湿地登録手続を行うこと等を求めている。

3 辺野古崎・大浦湾海域の埋立てについて
(1) 辺野古新基地建設事業の承認の際に環境保全措置が求められていたこと

辺野古新基地建設事業は、普天間飛行場代替施設用地として、沖縄県名護市辺野古の辺野古崎地区及びこれに隣接する水域等の埋立てを行う公有水面埋立事業である(埋立の位置については、添付図面1(前記日弁連意見書添付図面)のとおりである)。

2013年(平成25年)3月22日、沖縄防衛局は、沖縄県知事に対し、公有水面埋立法第42条第1項に基づき、同事業の承認に係る申請を行い、同年12月27日、当時の沖縄県知事は、同申請について、承認する処分(以下「本件承認処分」という。)を行った。沖縄県知事は、本件承認処分の留意事項として「工事中の環境保全対策等について」として「特に、外来生物の侵入防止対策、ジュゴン、ウミガメ等海生生物の保護対策の実施について万全を期すこと」などを示した。

また、辺野古新基地建設事業の環境影響評価書において、事業者である国は、サンゴ類の環境保全措置として、「埋立区域内に生息するサンゴ類について、避難措置として適切な場所に移植を行います」と代替措置を示して、「工事の実施によりサンゴ類に及ぼす影響については、事業者の実行可能な範囲内で最大限の回避・低減が図られているものと評価」していた。

(2) 辺野古新基地建設事業における環境保全措置が不十分であること
  • ジュゴンへの影響
    沖縄県知事が、ジュゴンの保護対策について万全を期すことを本件承認処分の留意事項としたことから、かかる影響の把握のため、沖縄防衛局は、「普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境監視等委員会」を設置したうえで、ジュゴンの生息状況等調査として、(1)航空機からの生息確認、(2)監視用プラットフォーム船による監視、(3)水中録音装置による監視、(4)周辺海域における藻場の利用状況の調査を実施している。しかし、事業実施区域の周辺海域では、2018年(平成30年)12月以降ジュゴンの噛み跡は確認されておらず、航空機等による調査でもジュゴンの生息が確認されていない状況が続いている。
    他方で、2020年(令和2年)2月以降、事業の施工区域内において、ジュゴンのものと思われる鳴音が多数回確認されている。ジュゴンが大浦湾に来遊することは過去にも確認されており、鳴音が多数回確認されたことからすれば、不明となっているジュゴンの個体又は別の個体が同海域において生息している可能性は十分にある。
    同年3月に工事の施工区域内でジュゴンのものと思われる鳴音が検出された際は、事業を行っていた平日にもかかわらず、プラットフォーム船による海上での監視ではジュゴンが確認されていなかった。
    よって、現状の監視が十分に機能しているとはいえず、現状の監視体制のまま工事を続ければ、仮にジュゴンが辺野古崎・大浦湾海域に来遊したとしても、それを見落とし、ジュゴンの生息環境を考慮しないまま工事を進めることになりかねない。
  • サンゴへの影響
    沖縄防衛局は、すでに述べたとおり、サンゴ類の環境保全措置として、サンゴの移植を行うこととしており、2018年(平成30年)7月ないし8月、埋立区域内の希少サンゴ(オキナワハマサンゴ)9群体の移植を行った。しかし、現在までにその過半数が死滅するなど、移植が成功したとはいい難い状況にある。
    そもそも、同海域における多種多様なサンゴ類は、元々それぞれの種に適合した場所に生息しているのであって、移植により環境が変化すれば死滅してしまう危険性が高い。
    しかし、沖縄防衛局は、本来保全措置としては望ましくないサンゴの移植を、多種かつ大量に対して行うことを計画している。それゆえ、計画策定に際しては、計画実施による悪影響を極力少なくするべく、移植先の環境や生態系への影響などについて慎重かつ十分に検討を行わなければならないところであるが、沖縄防衛局の計画には、移植元と移植先との環境の類似性に疑義が指摘され、移植先の生態系への負の影響の検討がなされていないなど様々な問題を抱えており、慎重かつ十分な検討がなされているものとはいい難いものである。
    なお、サンゴの移植のための沖縄県漁業調整規則に基づく特別採捕許可につき、2021年(令和3年)7月28日付けで許可処分がなされたが、採捕の条件につき見解の相違があり、特別採捕許可の撤回、農水大臣への審査請求及び執行停止の申立がなされた。
  • 藻場などへの影響
    工事開始以降、事業実施区域近傍の辺野古前面において、海草藻場及びホンダワラ藻場の分布面積が減少傾向にある。このことについて、沖縄防衛局は、工事による影響で海草藻場及びホンダワラ藻場が減少したものではないとしている。
    しかし、工事開始以降、大浦湾の北東に位置する嘉陽前面の海域においては、海草藻場及びホンダワラ藻場の分布面積が増加傾向にあることからすると、事業実施区域により近い辺野古前面において、工事による影響が表れている可能性は十分にある。このことからも、工事による海藻草類への影響について十分な検討がなされているとはいえず、海藻草類に対する適切な保全措置がなされているとは言い難い。
  • 小括
    以上からすれば、辺野古新基地建設事業における環境保全措置は、不十分であるといわざるを得ない。
(3) 変更承認申請に至る経緯及びその問題点
  • 変更承認申請に至る経緯
    辺野古新基地建設事業承認処分後、2015年(平成27年)10月に、陸上部分の工事を皮切りに事業への着手がなされたが、2014年(平成26年)から行われていた土質調査によって、大浦湾の海底地盤に厚く堆積している粘性土等(以下「軟弱地盤」という。)が存在し、地盤改良が必要であることが判明した。
    軟弱地盤については、上記土質調査データをもとにした種々の見解があるが、国からは、追加の地盤改良工事を行うことにより、所要の安定性を確保して工事を行うことが可能であるとする検討結果を取りまとめた資料「地盤に係る設計・施工の検討結果報告書」(以下「報告書」という。)が示されており、報告書では、軟弱地盤は最も深いところで水深90mに及ぶため、地盤改良工事の内容として、7万7千本に及ぶ砂杭を海底に打設するなどの工事が必要であるとされている。
    2020年(令和2年)4月21日、沖縄防衛局は、沖縄県知事に対し、埋立地用途変更・設計概要変更承認申請(以下「公有水面埋立変更承認申請」という。)を行った。変更後の事業の概要は、添付図面2(公有水面埋立変更承認申請添付図面)のとおりである。
    公有水面埋立変更承認申請については、同年9月8~28日の期間に告示・縦覧に付されたが、現在まで、同申請に対する沖縄県知事による判断はなされていない。
    なお、公有水面埋立変更承認申請により計画されている辺野古新基地建設事業については、地盤改良工事(サンドドレーン工法、サンドコンパクションパイル工法、ペーパードレーン工法)の実施に伴う工程の見直し等がなされており、工期は、変更後の計画に基づく工事に着手してから工事完了までに9年3か月、工事完了後施設整備でさらに3年ほどを要するものと延伸され、埋立に関する工事に要する費用は約7,200億円(事業の総経費は約9,300億円)と見積もられている。
  • 変更承認申請の問題点
    軟弱地盤は、護岸等の安定性及び沈下に影響するものであり、しかも、深度90mに及ぶ可能性があることから、前例のない地盤改良工事になる。それにともない、変更申請前に比べてさらに長期間の工程を要する大規模な工事へと計画が変更されている。
    また、地質学者からは、軟弱地盤だけでなく、予定滑走路直下における活断層の存在の可能性も指摘されている。 そして、かかる大規模な地盤改良工事においては、多数の砂杭を打ち込むこと等により発生する海底振動による海域生物への影響や、工事により海底から巻き上げられた土砂による水の濁りの拡散、浚渫等による海底の底質の改変、それにともなう水質の変化、さらには、作業時における多数の船舶の航行による騒音など、辺野古崎周辺と大浦湾海域における、看過できない重大かつ具体的な環境へのさらなる影響が予想されるところである。同海域に生息する、ジュゴン、ウミガメ、魚類、サンゴ類、海藻草類等へ与える影響が大きく懸念される。
    以上からすると、かかる大規模な地盤改良工事は、サンゴ礁が広がる辺野古崎周辺と、外洋的環境から内湾的環境の特徴を持つ大浦湾が一体となっている同海域の稀有な地理的特徴を改変し、多種多様な貴重な生物を絶滅させて、生物多様性豊かな生態系を不可逆的に破壊してしまうおそれが強い。
  • 小括
    変更申請前の辺野古新基地建設事業についても、前記の通り、環境保全措置は不十分であった。
    この従来の事業に加えて、地盤改良工事が追加されることによって、辺野古崎・大浦湾海域の生物多様性の影響は、さらに大きく、サンゴや藻場が大規模かつ不可逆的に破壊され、そこを生息域とする魚介類や底生生物の減少ないしは絶滅をまねくおそれはより一層強くなると言わざるを得ない。
(4) 辺野古新基地建設事業を停止すべきであること
  • 環境影響評価法上の問題点
    環境影響評価法は、公有水面埋立法による公有水面の埋立て等の事業につき第一種事業として事業者に環境影響評価を適切に行うことを義務づけている(環境影響評価法第2条2項1号ト、同法第3条の2)。
    環境影響評価法第38条1項では「事業者は、評価書に記載されているところにより、環境の保全についての適正な配慮をして当該対象事業を実施するようにしなければならない」とされており、「適正な環境配慮をして事業にとりかからなかった証左とみなされる程度に、事業の着手後に事業内容を大幅に変更するような場合」は同条・同項に違反することとなると解されている。また、評価書の記載事項と著しく異なる内容で事業が実施され、環境の保全上の問題が生じた場合には、免許等の取消事由に該当することもあり得るものと考えられている(以上、逐条解説環境影響評価法改訂版191頁)。
    公有水面埋立変更承認申請においては、上述した軟弱地盤への対処として大浦湾における地盤改良工事の追加等が必要とされ、護岸の配置変更や揚土場の追加がなされ、地域の生態系へ与える影響が懸念される変更内容となっていることは明らかであり、事業内容が大幅に変更するような場合だと評価できるものであり、環境影響法上の問題がある。
  • 公有水面埋立法上の問題点
    公有水面埋立法第4条1項2号では、埋立免許の要件として「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」と規定している。
    これは、水面を変じて陸地となすという埋立行為は、環境に与える影響が多大で不可逆的であることから、埋立てそのものが水面の消滅、自然海岸線の変更、潮流等の変化、工事中の濁り等に関し、海域環境の保全、自然環境の保全、水産資源の保全等に十分配慮されているかどうかにつき慎重に審査するために定められた要件である。
    同号の「十分配慮」とは、問題の状況及び影響を把握した上で、これに対する措置が適正に講じられていることであり、その程度において十分と認められることである。問題状況及び影響の把握が十分でない場合や、これに対する措置が十分に講じられていない場合には、同号の要件を満たさず、やはり埋立の免許要件を欠くと解される。
    辺野古新基地建設事業においては、前述した軟弱地盤に対応するための工法の変更に伴うサンドコンパクションパイル工法等による工事によって海域における生物への影響がどの程度生じるかについては環境アセスメントが行われていないことから、問題状況及び影響の把握が十分とはいえない。
    さらに、上述した軟弱地盤の存在による地盤改良工事施工の実現性や、活断層の存在の可能性への指摘を踏まえると、「災害防止ニ付十分配慮」要件からも、現時点では、公有水面埋立法第4条1項2号の要件を充足するかについては問題がある。
  • 小括
    辺野古新基地建設事業における環境保全措置が不十分であること、公有水面埋立変更承認申請において、工法の大幅な変更が行われることが予定されているにもかかわらず十分な環境影響の調査がなされていないことが、環境影響評価法や公有水面埋立法の趣旨から問題であると解されることなどから、国は、設計変更にともなう環境影響評価を新たに実施したうえで、沖縄県知事の承認を求めるべきである。
    そして、国は、設計変更にともなう環境影響評価を経ていない以上、辺野古新基地建設事業を停止すべきである。
4 まとめ

以上より、当連合会は、国に対して、辺野古新基地建設事業を直ちに停止することを求める。

以上
2021年(令和3年)9月21日
九州弁護士会連合会
理事長 森本 精一