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民事裁判手続のIT化によって裁判所支部機能が低下しないよう、支部も含めた九州・沖縄における司法サービスの充実を目指す決議

1 民事裁判手続のIT化(e提出、e法廷、e事件管理)が検討されており、段階を経てこれが実現されようとしている。

九州弁護士会連合会(以下「当連合会」という。)は、「市民に身近で利用しやすく頼りになる司法サービスの実現」という観点から、裁判所支部(以下「支部」という。)の司法基盤の整備充実を求め、弁護士過疎・偏在の解消に取り組んできた。

当連合会は、民事裁判手続のIT化に賛成する立場であるが、IT化にあたっては、「市民に身近で利用しやすく頼りになる司法サービスの実現」という観点から、支部における司法基盤の一層の整備充実を求め、以下のとおり要請する。

(1) 最高裁判所に対しては、支部の統廃合を避けることはもちろん、司法基盤が脆弱化することのないよう、支部の取扱事件を本庁に集約するなどしないことを求めるとともに、支部にも適切に人的物的資源を配分することを求める。

さらに、民事裁判手続のIT化の実現にあたっては、支部と本庁の間に導入のタイムラグが拡大しないこと、不均衡な格差が生じないことに留意して運用することを求める。

政府及び国会に対しては、関連法令の改正・整備にあたっては、IT機器を保有しない市民やその取扱いに習熟しない市民に配慮した手続や支援制度の構築を行うとともに、司法基盤の脆弱化につながらない制度設計をすることを求める。

さらに、導入の段階においても、支部と本庁との間で格差が広がらないよう、支部の設備刷新のための十分な予算を確保するよう求める。

2 当連合会は、民事裁判手続のIT化にあたっても、引き続き、司法アクセス向上と弁護士過疎偏在の解消へ取り組んでいき、支部地域も含めて隅々まで司法サービスを充実させるべく、より一層、全力を尽くしていく。

2021年(令和元3年)9月9日

九州弁護士会連合会

提案理由

1 総論

(1) 裁判所における本庁及び支部の設置

裁判所のうち、地方裁判所及び家庭裁判所は、全国に50か所設置されており、面積の広い北海道には4か所、それ以外の都府県には各1か所ずつ設置されている。各都道府県の県庁所在地には、地方裁判所及び家庭裁判所の「本庁」が設置されている。また、本庁から遠方に居住する市民にも司法サービスへのアクセスを確保する見地から、本庁機能の一部を備えた「支部」が設置されている(全国に203か所、九州管内に41か所設置)。

(2) 支部の存在及び支部管内の弁護士の重要性

司法サービスの提供において、支部の存在や支部管内の弁護士の役割は大きく、市民に全国あまねく良質かつ均質な司法サービスを提供する前提として、支部や支部管内の弁護士の存在は必要不可欠である。

地域の市民にとって、支部の存在自体は、本庁と同様に、「いざというとき、困ったとき、裁判所において適切に紛争を解決してもらえる」という安心感を与えるものであり、市民の意識に大きな影響を与えている。地域に裁判所という施設があり、裁判官が常駐し、書記官とともに執務しているということが、何より、市民が必要なときに司法サービスを利用する前提となる。

さらに、市民が司法にアクセスするには、支部管内の弁護士の存在は重要である。司法にアクセスするために専門家の助力を得られることは、市民にとって心強いものであろう。

支部管内に常駐する裁判官や弁護士が、地域の文化、伝統、空気感、雰囲気などを踏まえながら市民の権利救済をすることには、大きな意義がある。

しかしながら、現在進められている民事裁判手続のIT化が、支部や支部管内の市民及び弁護士にも大きな影響を及ぼし、このような支部の重要な機能を減退させてしまうおそれがある旨指摘されている。

(3) 支部にも大きな影響を及ぼし得る民事裁判手続のIT化
  • 民事裁判手続のIT化の内容
    政府が設置した「裁判手続等のIT化検討会」は、2018(平成30)年3月30日に公表した「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ-「3つのe」の実現に向けて-」において、民事裁判手続のIT化の柱として、e提出(e-Filing)、e法廷(e-Court)、e事件管理(e-Case Management)を実現する方針を示した。
    e提出(e-Filing)の実現は、紙媒体の裁判書類を裁判所に持参・郵送等するといった現在の訴訟記録の提出取扱いに代えて、24時間365日利用可能な電子情報によるオンライン提出の取扱いへ極力移行し、一本化していくことが望ましいとするものである。
    e法廷(e-Court)の実現は、当事者本人や訴訟代理人が裁判所に出頭する時間的・経済的負担を軽減するため、手続全体を通じて当事者の一方又は双方が裁判所に出頭せず、テレビ会議やウェブ会議の活用を大幅に拡大することが望ましいとするものである。
    e事件管理(e-Case Management)の実現は、証拠や主張書面を紙媒体によって管理する現在の記録管理の仕組みに代えて、裁判所が事件記録や事件情報を電子情報によって管理し、当事者本人や訴訟代理人が、随時かつ容易に、主張書面や証拠等の電子情報にオンラインでアクセスすることを可能にし、期日の進捗状況等も確認できる仕組みへと移行するものである。
  • 民事裁判手続のIT化の段階
    現行法の改正を伴わない段階(フェーズ1)として、2020(令和2)年2月から特定の庁において争点整理や和解協議などの手続にウェブ会議システム「MicrosoftTeams」が導入され、2021(令和3)年10月現在では全国の地裁本庁に導入されている。そして、2022(令和4)年7月までには、すべての地方裁判所支部において導入が進む予定である。なお、2020(令和2)年6月からは、特定の庁において労働審判手続でもウェブ会議の運用が開始している。
    次に、現行法の改正を伴う段階(フェーズ2)として、法制審議会民事裁判手続法(IT化関係)部会が2021(令和3)年12月までに最終報告を取りまとめる予定であり、関連法令の改正案が2022(令和4)年中の通常国会において成立する可能性がある。
    さらに、最終段階(フェーズ3)として、具体的な予算配分のもと、システム・ITサポート等の環境が整備され、e提出とe事件管理を含めたオンライン申立ての運用が開始され、2025(令和7)年以降、民事裁判手続のIT化が全面的に実現する予定である。
    なお、現在、訴訟以外の裁判手続についても、家事事件(なお、東京・大阪・名古屋・福岡の家裁本庁においては、2021(令和3)年度中に、家事調停事件においてウェブ会議の運用開始が予定されている。)、民事執行、民事保全、倒産等の手続については公益社団法人商事法務研究会において、刑事手続については法務省の検討会において、それぞれIT化の議論が進められている。
(4) 慎重な検討が必要であること

情報通信技術の目覚ましい進歩の一方で、我が国の裁判におけるITの活用は、諸外国に比べて遅いと言われている。

まず、当連合会は、司法アクセス向上の可能性や市民の利便性向上の観点から、民事裁判手続のIT化の実現には基本的に賛同するものである。しかしながら、その制度設計及び導入の方法次第では、司法アクセスの基盤をゆるがす危険性も含んでおり、導入にあたっては慎重な検討を要する。

2 当連合会のこれまでの取組み

(1) 地域司法における課題と当連合会の取組み

憲法32条は、国民の裁判を受ける権利を保障している。そして、平等原則(同14条)の観点からは、市民の居住する地域がどこであるかで、権利の保障に格差があってはならず、裁判所本庁管内と支部管内とで司法サービスに格差があってはならない。

すなわち、「市民に身近で利用しやすく頼りになる司法サービス」は、いつでも、どこでも、だれにも、等しく保障されなければならない。裁判所本庁管内の市民に対してはもとより、裁判所支部管内の市民に対してももちろんである。

日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は、1990年(平成2年)以降、「市民にとって利用しやすい、開かれた司法」、「いつでも、どこでも、だれでも良質な司法サービスを受けられる社会」の実現を目指し、司法サービスの全国地域への展開に取り組んできた。

当連合会も、「市民に身近で利用しやすく頼りになる司法サービスの実現」を目指し、九州・沖縄各県の隅々にまで十分な司法サービスを行き渡らせるための取組みを進めてきた。特に、離島が数多く存在する九州・沖縄の土地柄に応じて、市民が津々浦々、良質かつ均質な司法サービスを享受することができるよう、地域の実情に即して問題を分析し、改善に取り組んできた。

当連合会は、毎年、支部管内の弁護士による交流会(以下「支部交流会」という。)を実施している。各地域における実情につき意見交換を通じ、問題意識を共有した上で、成果を報告書にまとめ、その後の活動につなげている。

あわせて、政府、国会、地方自治体及び最高裁判所に対しても、問題の改善に向けて取り組むよう要求してきた。

(2) 支部交流会における民事裁判手続のIT化に対する議論

当連合会は、民事裁判手続のIT化が地域における司法サービスの提供にも大きな影響を与えるものと認識し、議論してきた。

近年の支部交流会では、連続して、「民事裁判手続のIT化と支部問題」を取り上げ、支部管内の弁護士へのアンケートをもとに、民事裁判手続のIT化が地域司法に与える影響を議論し、懸念事項を当連合会の問題意識として共有するに至った。

3 支部における司法基盤の整備充実に関する要請

(1) 当連合会の取組み

当連合会は、これまで、支部管内の各地域における司法基盤の制度的問題の改善に取り組んできた。

具体的には、各地域で活動する弁護士の実体験による報告を基礎として、支部管内における司法基盤の制度的な問題を検討した上で、2013年(平成25年)10月25日、「裁判所支部における司法基盤の整備充実を求める決議」を行った。

同決議は、「市民に身近で利用しやすく頼りになる司法サービスは、いつでも、どこでも、だれにでも、等しく保障されなければならない。裁判所本庁管内の市民に対してはもとより、裁判所支部管内の市民に対してももちろんである」といった理念をもとになされたものである。

政府、国会及び最高裁判所に対し、支部機能を充実させるために、裁判官非常駐支部の撤廃や開廷日の増加など、具体的な措置を求めている。

(2) 民事裁判手続のIT化による懸念

司法サービスを利用する市民にとって、支部の存在は、きわめて重要なものである。

近年の支部交流会において、支部管内で活動する多くの弁護士から、民事裁判手続のIT化により、本庁に事件が集約化されてしまうおそれ、それに伴い支部に係属する事件が減少するおそれが指摘された。そして、これらが支部の統廃合につながる要因となり得る点が懸念されている。この支部の統廃合に関して、最高裁判所は、民事裁判手続のIT化が「直ちに」統廃合に結び付くものとは考えていないと明言している。しかしながら、上述した事件の集約化等が現実のものになれば、いずれは支部の統廃合が検討される可能性があるから、その懸念は拭い去れない。

当連合会が取り組んできた裁判官非常駐支部や開廷日の問題についても、民事裁判手続のIT化の実現によって、本庁の裁判官だけで十分対応できるといった誤った認識がなされることにもなりかねず、「市民に身近で利用しやすく頼りになる司法サービスの実現」に向けた当連合会の取組みに逆行するおそれがある。

また、紛争解決の現場では、人間の感情的な面も無視することができない。たとえば、裁判官の面前で直接説明したい、直接和解の内容を話し合いたいなどといった要請が生じる。民事裁判手続のIT化を進めるにあたっても、これらの要請が失われるものではなく、支部の存在の重要性が損なわれてはならない。

加えて、民事裁判手続のIT化は設備刷新を伴うため、予算が十分に確保されなければ、支部機能が物的側面から脆弱化し、支部と本庁との間の司法基盤の格差が拡大してしまう。実際に、現在、全国の地裁本庁でウェブ会議システムが導入されているものの、支部には導入されておらず、すべての支部に導入されるのは2022(令和4)年7月上旬頃とされている。大規模な設備刷新が必要ではないフェーズ1の段階においてすら、支部と本庁との間でウェブ会議システムの導入に、2年半以上のタイムラグが生じている。大規模な設備刷新が必要なフェーズ3の段階においては、さらに支部と本庁との間で司法基盤の整備に格差が拡大し得る。

さらに、民事裁判手続のIT化は、それ自体を目的化してはならず、司法アクセスの拡充や、身近で利用しやすい民事裁判を実現するための手段という視点から考察されるべきである。そのためには、IT機器を保有しない市民やその取扱いに習熟しない市民にも配慮した手続や支援制度が構築されなければならない。司法過疎地を多く抱えた九州・沖縄では、ITの取扱いに習熟しない高齢者も数多く存在することが想定され、また、支部における本人訴訟の件数も相当数ある。そのため、IT化に十分に対応できない市民に対しては、民事裁判手続に精通した弁護士による本人訴訟の支援を行う必要があるものの、限られた支部管内の弁護士だけではそのすべてを担いきれないおそれがある。支部における裁判所等による公的支援体制が十分に整備されなければ、これも支部の司法基盤の脆弱化につながっていくものと懸念される。もともと民事裁判手続のIT化は、新たな司法システムの構築を目指すものであり、それに伴い裁判を受ける権利に支障が生じる場合は、国がその責任において支障を除去することは当然であり、裁判所・日本司法支援センター等の公的機関によるサポート体制の充実度との調整を図るとともに、国に対し十全なサポート体制の構築や支援を求めていくべきである。

以上の各懸念が現実化すれば、本来、市民の司法アクセスの拡充や民事裁判の利便性向上のために導入されるはずの民事裁判手続のIT化が、その導入を契機に「市民に身近で利用しやすく頼りになる司法サービスの実現」に向けた当連合会の長年の取組みに反する結果につながることにもなりかねない。

(3) 当連合会の決意と関係各所への要請

民事裁判手続のIT化に伴って生じる懸念につき、当連合会は、支部の重要性を踏まえた上、九州・沖縄であまねく、市民が良質かつ均質な司法サービスを享受できる制度を目指していく。

具体的には、今後も支部交流会を行い、支部管内の弁護士の意見も踏まえた上、支部の司法基盤の脆弱化、統廃合を招くことのないよう、真摯に取り組む所存である。

あわせて、当連合会は、最高裁判所に対して、民事裁判手続のIT化の実現にあたり、支部の統廃合や取扱事件の集約などをせず、支部機能の維持を当然の前提と位置付けた上で、支部に対して適切に人的物的資源を配分することを求める。具体的には、最高裁判所は、一日もはやくすべての支部にウェブ会議システムを導入するとともに、フェーズ3でも同様に導入に際する本庁とのタイムラグや人的物的資源の配分の格差が拡大しないように運用することを求める。

さらに、当連合会は、政府及び国会に対して、関連法令の改正にあたっては、十分な本人訴訟の支援ができる体制を整えるなど、支部における司法基盤が脆弱化しないよう制度設計するとともに、フェーズ3でも支部と本庁との間で格差が広がらぬよう、支部に対する十分な予算を確保することを求める。

4 弁護士過疎・偏在の解消に関する決意

(1) 当連合会の取組み

当連合会は、2008(平成20)年9月、管内における弁護士過疎・偏在地域で弁護士業務を行おうとする弁護士の育成と確保を図ることにより、弁護士過疎・偏在地域における法的サービスの拡充と国選弁護制度への対応態勢の確立等、市民の弁護士アクセス(司法アクセス)の改善を目指し、それによって基本的人権の擁護と社会正義の実現に資することを目的として、あさかぜ基金法律事務所を設立した。これまでに、同所で研鑽を積んだ延べ24名の弁護士が、離島をはじめ管内一円の弁護士過疎・偏在地域のひまわり基金法律事務所(弁護士会公設事務所)などに赴任している。

こうした取組みの結果、2011(平成23)年12月には全国の支部管内における弁護士ゼロワン地域がいったん解消され、当連合会管内においても解消状態が維持できている。

さらに、当連合会は、弁護士過疎・偏在の解消に向けて、2018(平成30)年10月26日、「弁護士過疎・偏在の解消とその持続に向けて取り組む決議」を行い、弁護士ゼロワン地域の解消状態の持続に取り組んでいくとともに、国及び地方自治体に対して、弁護士過疎・偏在の解消の重要性についての理解を促すため働きかけていくと宣言した。

(2) 当連合会の決意

当連合会は、民事裁判手続のIT化に関連し、司法基盤が脆弱化し、統廃合につながる懸念を払しょくしながら、支部も含めた九州・沖縄全域における司法サービスの充実を目指していく所存である。そのためには、支部における弁護士の重要性にかんがみ、引き続き、司法アクセスの基盤である弁護士過疎・偏在問題についても取り組んでいかなければならない。

当連合会は、司法アクセスの向上や弁護士過疎偏在問題と民事裁判手続のIT化は密接不可分な問題であることを深く認識し、これまで以上に、弁護士過疎・偏在の解消に取り組んでいく決意である。

以上