地方自治体に対し障害者差別禁止条例の制定を求めるとともに,障がいのある人に対する差別の解消や合理的配慮の提供に向けた取組みを積極的に推進する宣言
1 障がいのある人に対する差別の禁止と合理的配慮の提供義務(合理的配慮義務)が盛り込まれた,障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)は2013(平成25)年6月に制定され,2016(同28)年4月から施行されたが,同法制定を機に,障がい者に対する差別を禁止する条例(障害者差別禁止条例)を制定する動きが,さらに全国の自治体に広まっている。
その理由は,障害者差別禁止条例の制定に独自の意義と必要性があるからである。すなわち,
(1) 同条例を定める意義は,条例を定める過程で障がいのある人に対する具体的な差別が可視化されること,及び差別を許さないとする地方自治体の強い意思を事業主や住民にアナウンスする効果があること,にある。
(2) 同条例が必要な理由は3点あり,第1点は,障がいのある人が,障がいのない人と平等に暮らせる地域づくりを目指す基盤は,地方自治体にあること,第2点は,差別の解消に向けた取組みにつなげるためには障がいの定義や禁止される差別を各地方自治体において独自に定めることが必要な場合があること,第3点は,障がいのある人の権利を救済するシステムは地域の実情にあったより実効性のあるものでなければならないこと,にある。
そこで,当連合会は,このような障害者差別禁止条例の制定の意義と必要性を踏まえ,九州・沖縄のすべての地方自治体に対し,障害者差別禁止条例の制定を求めるとともに,同条例に基づき,障がいのある人が暮らしやすい地域づくりに積極的に取り組み,障がいの定義や禁止される差別を明確化し,障がいのある人の権利を救済する実効的なシステムを構築するよう求める。
2 次に,当連合会は障がいを理由とする差別の解消の推進に関する対応要領を制定しているものの,当連合会管内の全ての弁護士会において障がいを理由とする差別の解消の推進に関する対応要領及び対応指針が制定されているわけではなく,また,単に,対応要領等の制定だけで事足りるものではないのは当然のことであって,障がいのある人に対するあらゆる差別の解消及び合理的配慮の提供に,より積極的に取り組む必要があることは明らかである。
そこで,当連合会は管内の弁護士会とともに障がいのある人に対する差別の解消及び合理的配慮の提供に向け全力で取り組んでいくことをここに決意する。
2017年(平成29年)10月27日
九州弁護士会連合会
提案理由
1 障がいのある人に対する合理的配慮義務
障がいのある人に対する差別の禁止と合理的配慮の提供義務(合理的配慮義務)が盛り込まれた,障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)は2013(平成25)年6月に制定され,2016(同28)年4月から施行された。
障害者差別解消法に規定された合理的配慮義務とは,障がいのある人から現に社会的障壁(障がいのある人にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物,制度,慣行,観念その他一切のもの。)の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合に,その実施に伴う負担が過重でない範囲において,障がいのある人の権利利益を侵害することとならないよう,当該障がいのある人の性別,年齢及び障がいの状態に応じて,社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をする義務をいう(障害者差別解消法7条,8条)。この義務は,行政機関については法的義務であり,民間の事業主については努力義務となっている。
雇用分野については,2013(平成25)年に改正された障害者雇用促進法で,事業主の障がいのある人に対する差別の禁止と合理的配慮義務が規定されている。
2 「社会モデル」の考え方と障害者権利条約
障害者差別解消法の制定の直接の契機は,2006(平成18)年,国際連合総会において,障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)が採択され,2007(同19)年,日本も署名したことである。同条約は,障がいのある人に対する合理的配慮の否定を,障がいのある人に対する「差別」であると規定した。すなわち,障害者権利条約では,「障害に基づく差別」とは,障害に基づくあらゆる区別,排除又は制限であって,合理的配慮の否定を含むあらゆる形態の差別であるとされたのである。ここでいう「合理的配慮」とは,障害のある人が他の者と平等であることを基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し,又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって,特定の場合において必要とされるものであり,かつ,均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。
このような合理的配慮義務の考え方が導入されるに至った背景には、「障がいのある人」及び「障がい」の定義に関し,大きな転換があったことが重要である。いわゆる「医学モデル」から「社会モデル」への転換である。「医学モデル」とは,障がいのある人が社会生活上受ける不利益の原因を,当該個人の心身の機能障がいに還元する考え方である。この考え方によれば,障がいを克服する方法として,治療やリハビリテーションといった心身の機能障がいに対する医学的な処置を重視することになる。
これに対し「社会モデル」では,個人の心身の機能障害をもって直ちに「障がい」とするのではない。「社会モデル」では,「障がい」を,心身の機能障がいと社会的障壁との相互作用によって生じるものと捉える。そして,心身の機能障がいの問題よりも,社会的障壁の問題を重視する。この考え方によれば,障がいを克服する方法として,社会の側にある社会的障壁を解消することに重点をおくことになる。さらに,「社会モデル」の考え方によれば,障がいのある人,ない人の分け隔てを生む社会的障壁の存在こそが差別の原因であり,そのような社会的障壁を除去するための合理的配慮を欠くことは,障がいのある人に対する差別であると考える。ここから,合理的配慮を欠くことが「差別」であるという,それまでの差別概念とはまったく異なる,画期的な差別概念が生まれてくることになったのである。
日本で制定された障害者差別解消法は,この「社会モデル」に立脚し,障がいのある人に対する合理的配慮を欠く状態を「差別」と規定したのである。
3 合理的配慮義務をいち早く導入した障害者差別禁止条例制定の動き
この「社会モデル」に立脚する障害者権利条約の採択に前後して,合理的配慮義務を含む障がい者差別を禁止する制度づくりに最初に乗り出したのは,国ではなく地方自治体であった。全国で初めて制定された障害者差別禁止条例が,2006(平成18)年,千葉県で制定された「障がいのある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」である。
同条例は,障がいのある人に対する2種類の差別を規定している。
1つは,障がいのある人に対する不利益取扱いである。もう1つは,「障がいのある人が障がいのない人と実質的に同等の日常生活又は社会生活を営むために必要な合理的な配慮に基づく措置を行わない」ことである(2条)。すなわち,合理的配慮を欠くことを「差別」と規定し,福祉サービス,医療,商品及びサービスの提供,労働,教育,建物等及び公共交通機関,不動産取引,情報の提供等の各場面において,合理的配慮をしないことを含む不利益取り扱いを差別として,禁止した。
そのうえで,同条例は,障がい者差別を解消するために,次の3点の仕組みを規定する。
第1点目は,相談・解決の仕組みである。まず地域相談員を配置し,障がいのある人,その保護者又は関係者から相談を受けて,必要な説明,助言,関係者間の調整を行うなどの措置をとることとし,この地域相談員に対し専門的な見地からアドバイスを与える広域専門指導員も配置するものとする。さらに,同条例は,千葉県行政組織条例に基づき「千葉県障害のある人の相談に関する調整委員会」を設置することとし,調整委員会は,必要に応じて,事実の調査を行い,必要な助言,あっせんを行い,差別をしたと認められる者が,正当な理由なく,助言,あっせんに従わないときは,知事は,調整委員会からの求めに応じて,勧告を行うものとする。
第2点目は,誰もが暮らしやすい社会づくりを議論するための仕組みである。障がいのある人に対する理解を広げ,差別をなくすため,障がいのある人,その支援者ほかの関係者からなる推進会議を設けることにし,推進会議では,福祉,医療,商品・サービス,雇用,教育の各分野ごとに会議体をもち,差別の状況,差別解消に向けた具体的な取組みの検証,事例の分析などを行うものとする。
第3点目は,障がいのある人に対する差別の解消に向けた取組みを表彰する仕組みである。
千葉県の条例の制定後,同趣旨の条例は,障害者差別解消法の制定前のものだけでも,北海道(2009年3月),岩手県(2010年12月,ただし不利益取扱の禁止という形で合理的配慮義務を定義。),熊本県(2011年7月),八王子市(2011年12月),長崎県(2013年5月)で次々に制定された。障害者差別解消法制定後も,同様の動きは続き,現在まで,30余りの地方自治体で障害者差別禁止条例が制定されている。
4 障害者差別禁止条例が定められる背景事情
国による障害者差別解消法の制定後においても,次々に障害者差別禁止条例が制定されているのは,次のような背景事情がある。
第1は,障害者差別解消法には,衆参両院においてそれぞれいわゆる上乗せ・横だし条例を含む障がいを理由とする差別に関する条例の制定を妨げ又は拘束するものではないという趣旨の付帯決議が付されたことである。これにより,条例では,障害者差別解消法では規定されていない事項を,上乗せ・横だし的に定めることが容認された。
第2は,障害者差別解消法の構造である。すなわち,同法は,障がいのある人に対する差別解消に向けた具体的な取組みや措置を定めず,それらを地方自治体が行うことを求めている。具体的には,同法3条及び5条は,地方自治体に差別解消の推進に関する必要な施策の制定,実施にむけた責務があること,及び自治体には合理的配慮を的確に行うための環境整備に努める義務があることを,7条は,合理的配慮をしないことを含む差別的取扱いを禁止する義務のあること,をそれぞれ定めている。その上で,法は,地方自治体に対し,10条において職員のための対応要領を定める努力義務を,14条において,相談,紛争の防止,解決のための体制整備を,15条において,特に障害を理由とする差別の解消を妨げている諸要因の解消を図るために必要な啓発活動を行うことを,17条において,差別に関する相談及び差別を解消するための取組みを効果的かつ円滑に行うための障害者差別解消支援地域協議会を組織することができる旨を,それぞれ定めた。
このように,地方自治体は,地方の実情に応じた施策を求められているところ,その施策の実施のためには,要綱策定や予算措置,あるいは既存の機関の機能を拡張することが必要であるのは勿論であるが,最も重要なことは,次に述べるとおり,条例を定めることである。
5 障害者差別禁止条例を定める意義
地方自治体において,障がいのある人に対する差別の禁止を求める施策を実行するうえで,なぜ障害者差別禁止条例を定めることが重要であるのか。
第1に,これまで障害者差別禁止条例を定めた各地方自治体では,条例制定過程において,障がいのある人に対する具体的な差別が可視化され,地方自治体や関係諸機関において,改めて差別の実態やその不当性を認識する機会となっていることである。
たとえば,大分県では,民間団体が中心となり具体的な差別事例を収集し,県議会に対して,同条例の制定を請願したのであるが,こうした活動により差別の実態が明らかとなったのである。また,同様のことは,千葉県,北海道,岩手県,熊本県,愛知県などでも報告されている。
第2に,条例を制定することで,障がい者に対する差別を許さないとする地方自治体の強い意思を事業主や住民にアナウンスする効果があることである。
たとえば、千葉県では,草案の検討過程で1年をかけて関係団体,市町村からヒアリングを行い,さらに県内30か所以上でタウンミーティングを開催している。これらの活動を通じて,障がい者差別解消に向けた県の意思は住民に浸透することができた。北海道でも,同様に道内各地でタウンミーティングを開催し,障がい者団体との意見交換会を経ながら条例案の内容を固めていくことで,道の意思が住民に浸透していった。
6 障害者差別禁止条例の必要性
次に,障害者差別禁止条例が必要な理由について,3つの点を指摘しておきたい。
(1) 障がい者差別のない地域づくりと条例
第1は,障がいのある人に対する差別を解消するには,国レベルでの対応に加えて,地方自治体レベルで「地域づくり」の観点から対応することが重要だということである。
障害者差別解消法の第1条は,「全ての国民が,障害の有無によって分け隔てられることなく,相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする。」と定める。その趣旨は,差別解消に向けた取り組みによって,障がいのある人が,合理的配慮と支援を得ながら,障がいのない人と平等に,分け隔てられることなく暮らせる地域づくりを目指すということにある。このような地域づくりの視点は,障害者差別解消法が,地方自治体に障がいを理由とする差別の解消をするための啓発活動を義務付けていること(15条)に加え,障害者差別解消支援地域協議会を設置することができるとしていること(17条)にも表れている。以上のように,障がいのある人が障害のない人と平等に,分け隔てられることなく暮らせる地域を作る活動の基盤は,国ではなく,県,市町村などの地方自治体にこそある。
この地方自治体レベルの地域づくり活動において参考になるのは,たとえば別府市の取組みである。同市の「別府市障害のある人もない人も安心して安全に暮らせる条例」では,市の責務として,障害のある人に対する施策を実施するにあたり,障害のある人からの意見を聴取するよう努めること,障害のある人もない人も暮らしやすい地域づくりになるよう多くの市民の参加の下で取り組むこと,障害のある人の選択を尊重すること,などを規定している(4条)。さらに市は,毎年度,合理的配慮の実施状況を確認し,評価しなければならないとされる(6条)。
また,民間の事業者に対しては,障害のある人への差別等をなくすための取組に協力するよう努めなければならないという努力義務を課している(5条)。
地域づくりの観点から,より効果の強い規定を持っているのが長崎県の「障害のある人もない人も共に生きる平和な長崎県づくり条例」である。
同条例は,「障害のある人もない人も共に生きる平和な長崎県づくり推進会議」の設置を定めている。推進会議は,差別の原因,背景となっている社会的障壁に関する事項,差別をなくすための取組みを行う人材の育成に関する事項,条例の施行条項に関する事項などについて,知事に建議をすることができる,とされる。注目すべきなのは,この建議を受けた知事は,推進会議が述べた意見を「尊重しなければならない」とされ,推進会議の意見に強い効果が付与されていることである。
(2) 障害者の定義や禁止される差別行為の拡大,明確化
(ア)第2の理由は,条例制定により,(1)障害者差別解消法とは異なった切り口からの規定を設け,たとえば行政側から見た施策ごとではない形の規定等を盛り込むこと,(2)差別解消の入口となる障がいの定義を明確にすること,(3)禁止される差別行為を明確化すること,などが可能になることである。
(イ)たとえば,大分県や別府市の条例では,(1)障害者差別解消法とは,異なった切り口からの規定を設け,かつ,(3)禁止される差別行為を明確化している。
大分県の定める「障がいのある人もない人も心豊かに暮らせる大分県づくり条例」では,前文で,「全ての県民が,障がいの有無によって分け隔てられることなく,教育や就労をはじめ,恋愛,結婚,妊娠や子育て等人生のあらゆる場面において,それぞれの選択を尊重するとともに,相互に助け合い,支え合う社会を実現することを願う」としたうえで,県の責務として,「障がいのある人の性,恋愛,結婚,出産,子育て,親等生活を主として支える者が死亡した後の生活の維持及び防災対策に関する課題その他の障がいのある人の人生の各階段において生じる日常生活及び社会生活上の課題の解消に努めるものとする」と規定する。これは,これまでの障害者差別解消に向けた取組が,施策ごとのいわゆる縦割りになっていたことの反省に基づき,障がいのある人自身の視点から,人生の各階段における課題解決という観点から施策を展開すべきことを理念として定めたものである。
先に紹介した別府市の条例では,前文で,「東日本大震災では,多くの尊い命と貴重な財産が失われ,障害のある人も多大な被害を受けた。このことに関する課題を明らかにし,考えられるあらゆる災害を想定した対応や対策を,市,市民及び事業者がお互いに連携・協働して講ずることにより,被害は最小限にとどめることができるものと考える」と前置きしたうえで,「防災に関する合理的配慮」として,「障害のある人に対する災害時の安全を確保するため,防災に関する計画を策定するに当たっては,障害のある人にとって必要とされる配慮に努める」とし,「災害が生じた際に障害のある人にとって必要とされる援護の内容を具体的に定め,その整備を継続的に行うよう努める」として,現実に,障がいのある人の個別避難計画づくりを行っている。
(ウ)さらに,多くの条例が禁止される差別行為を明確化している。たとえば,大分県の条例では,福祉サービスの提供,医療の提供,商品・サービスの各提供において合理的配慮を怠ることを含む差別の禁止,労働・雇用,教育,建築物の利用,交通機関の利用,不動産取引,情報の提供等,意思表示の受領の各場面における合理的配慮を怠ることを含む差別の禁止を規定している。同条例第10条では,障がい者に対する医療の提供の場面において,「医師その他の医療従事者は・・・正当な理由なく,障がいを理由として,医療の提供を拒否し,若しくは制限し,又はこれに条件を付し,その他不利益な取扱いをしてはならない。」「医師その他の医療従事者は,法令に別段の定めがある場合を除き,障がいを理由として,障がいのある人が希望しない長期間の入院その他の医療を受けることを強制してはならない。」と定める。14条では,障がい者(及び,障がい者と同居する家族)の不動産取引の場面において,「不動産の売買,交換,賃貸借その他の不動産取引を行おうとする者は・・・正当な理由なく,障がいを理由として,不動産取引を拒否し,若しくは制限し,又はこれに条件を付し,その他不利益な取扱いをしてはならない。」と定める。これらは,合理的配慮を怠ることを含む差別禁止の趣旨を,場面ごとにより明確にし,事業主や一般市民に対し,禁止される行為をより明確にする意味を持つ。
(エ)障がいの定義を拡張している条例の具体例は先に紹介した長崎県の条例である。同条例では,障害者差別解消法では明示的に含んでいない難病を,定義規定で明確に「障がいのある人」の定義に含めている。
また,同条例では,「『差別』とは,客観的に正当かつやむを得ないと認められる特別な事情なしに,不均等待遇を行うこと又は合理的配慮を怠ること。」をいい,「『不均等待遇』とは,障害又は障害に関連する事由を理由として・・・異なる取り扱いをすることをいう。」として,障がいを直接の理由とする差別に加えて,障がいに関連する差別まで禁止の対象に含んでいる。障害者差別解消法では,「障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより,障害者の権利利益を侵害してはならない。」として,文言上,禁止される差別は直接差別(差別意思に基づく差別)を想定しているように読めるが,同条例では,禁止される差別を障がいに関連する差別まで拡張している。
(3) 実効的な権利救済システムと条例
第3の理由は,合理的配慮を具体的に実現させる,より実効的な権利救済システムを構築することが可能になることである。
障害者差別解消法には,相談,紛争の防止,解決のための体制整備に関し,具体的にどのような機関を設けるべきかについては,地方自治体が障害者差別解消地域協議会を設けることができるということ以外,特に規定はない。国は,地方自治体における相談,紛争の防止,解決のための体制整備に関しては,既存の機関を活用し,充実させることを想定している。しかし,現実には,ほとんどの障害者差別禁止条例で,障がいのある人に対する差別の解消に向けた固有の相談,助言・あっせん・勧告の手続を定め,既存の機関とは異なる別の機関を設置している。このことは,合理的配慮を促すなど差別解消に向けた実効的な権利救済システムを構築するには,条例において,独自の救済手続と救済機関を定めることが必要であることを裏付けるものである。
ところで,合理的配慮が提供されるプロセスは,事後的・個別的・対話的性格を有するとされている。事後的性格とは,合理的配慮義務が社会的障壁の解消に関するニーズを知った後に生じることを意味する。この事後的性格は,「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において」(障害者差別解消法7条,8条),あるいは「障害者からの申出」(障害者雇用促進法36条の2)を受けて,合理的配慮をしなければならないとして,合理的配慮義務の起点を障がいのある人からの意思表示に置いていることに見て取れる。
個別的性格とは,合理的配慮のプロセスが個別化されることを意味する。特定の障がいのある人個人が,自己の意思を表明する宛先は,特定の相手方である。そのため,合理的配慮のプロセスは,個々の具体的な場面において当事者間で異なる多様なものとなり,個別化される。このことは,内閣府が定めた「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」において,「合理的配慮は,障害の特性や社会的障壁の除去が求められる具体的場面や状況に応じて異なり,多様かつ個別性の高いものであり,当該障害者が現に置かれている状況を踏まえ,社会的障壁の除去のための手段及び方法について・・・双方の建設的対話による相互理解を通じて,必要かつ合理的な範囲で,柔軟に対応がなされるものである。」と規定されていることに表れている。
対話的性格とは,合理的配慮のプロセスが両当事者の対話(話し合い)を通じて進んでいくということを指す。厚生労働省が定める雇用分野における「合理的配慮指針」では,「合理的配慮の提供義務を負う事業主は,障害者との話合いを踏まえ,その意向を十分に尊重しつつ,具体的にどのような措置を講ずるかを検討」すること,「講ずることとした措置の内容又は当該障害者からの申出があった具体的な措置が過重な負担に当たると判断した場合には,当該措置を実施できないことを当該障害者に伝えること。」,「その検討及び実施に際して,過重な負担にならない範囲で,職場において支障となっている事情等を改善する合理的配慮に係る措置が複数あるとき,事業主が,障害者との話合いの下,その意向を十分に尊重した上で,より提供しやすい措置を講ずること。」,「障害者が希望する合理的配慮に係る措置が過重な負担であったときは,事業主は,当該障害者との話合いの下,その意向を十分に尊重した上で,過重な負担にならない範囲で,合理的配慮に係る措置を講ずること。講ずることとした措置の内容等を障害者に伝える際,当該障害者からの求めに応じて,当該措置を講ずることとした理由又は当該措置を実施できない理由を説明すること。」などと規定されていることに見て取れる。
このように,合理的配慮のプロセスが,事後的・個別的・対話的性格を有するとすると,当然,合理的配慮が提供されなかったという紛争を解消するには,そのプロセスに事後的・個別的・対話的性格を持たせる必要がある。そのためには,行政機関が一般的に障がいのある人に対する差別の禁止を啓発したりすることでは足りない。また,障がいのある人の相談に応じるだけでも足りない。特定の場面における,特定の当事者の関係の対話を促し,関係を調整する助言・あっせんの手続を整備する必要がある。
さらに,障がいのある人への差別禁止を実効あらしめるため,そのような事後的・個別的・対話的手続を保障したうえで,助言・あっせんを行っているにもかかわらず,それに相手方が従わない場合には,より強力な勧告を行うことも求められる。この助言・あっせん・勧告を行う機関は,障がいのある人や障がい者団体に加え,医療,福祉,法律の専門家を含む独立した行政委員会の設置という形態であることが望ましい。
具体例として,大分県の条例を紹介する。同条例では,障がいを理由とする差別があったときは,当該対象事案についての解決を求めて,県に対し相談を行うことができるとされる。県は,当該相談を受けて,対象事案の関係者間の調整や関係機関への通告等を行う。相談を経ても対象事案が解決しないときは,大分県障害者施策推進協議会に対し,あっせんの申立てを行うことができる。同協議会は,対象事案の解決のため,あっせん案を提示する。相手方が,正当な理由なく,あっせん案を受諾せず,あるいは,受諾したにもかかわらず当該あっせんに従わないときは,知事は,必要な施策を講ずべきことを勧告することができる。さらに,相手方が正当な理由なく,同勧告に従わないときは,勧告を受けた者の氏名,勧告の内容等を公表することができる。
障害者差別禁止条例において,このような助言・あっせんを経て,それに従わない場合には勧告を行い,それでも効果がない場合にはさらには公表するという段階的で,かつ,一定の強制力を含む紛争解決システムを規定することにより,合理的配慮を具体的に実現させる,より実効的な権利救済システムを構築することが可能となる。
(4) 市町村レベルでの障害者差別禁止条例の必要性
九州・沖縄では,福岡県,長崎県,熊本県,大分県,鹿児島県,沖縄県,宮崎県ですでに障害者差別禁止条例が制定され,佐賀県でも条例の制定を含めた検討が進められており,都道府県レベルではかなり進んでいる。
九州・沖縄のなかで,市町村レベルで障害者差別禁止条例を定めている例としては,別府市があるが,全国に目を広げても,仙台市,さいたま市,八王子市,国立市,新潟市,明石市,和歌山市,松江市などと,その数は限られている。これからの課題は市町村レベルでの制定であるといえる。
7 当連合会が各地方自治体に対し求める措置
当連合会は,このような障害者差別禁止条例の制定の意義や必要性を踏まえて,九州・沖縄のすべての地方自治体に対し,障害者差別禁止条例の制定を求めるとともに,同条例に基づき,障がいのある人が暮らしやすい地域づくりに積極的に取り組み,障がいの定義や禁止される差別を明確化し,障がいのある人の権利を救済する実効的なシステムを構築するよう求めるものである。
8 障がい者差別解消に向けた当連合会の決意
(1) 対応要領,対応指針の整備
障害者差別解消法は,国及び地方自治体に対し,行政機関の職員が適切に対応するために必要な要領(対応要領)を定めるよう規定している(9条,10条)。さらに,主務大臣が,事業者が適切に対応するための必要な指針(対応指針)を定めると規定している(11条)。
日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は,行政機関に該当しないため,対応要領(日弁連や弁護士会の職員向け)の制定が義務づけられておらず,また対応指針(弁護士,弁護士法人向け)を示すべき主務大臣もいない。しかし,日弁連,弁護士会,個々の弁護士も,同法8条に規定された「事業者」であり同条の各義務(不当な差別的取扱禁止,合理的配慮の提供の努力義務)を課せられているものと解される。そのため,日弁連においても,日弁連職員向けの対応要領を制定したほか,各弁護士会に対して,弁護士会職員向けの対応要領及び弁護士向けの対応指針の制定を依頼し,各モデル案を提示した。当連合会は,これを受けて障がいを理由とする差別の解消の推進に関する対応要領を制定した。
こうした状況に鑑みれば,当連合会は,当連合会管内の弁護士会において,障がいを理由とする差別の解消の推進に関する対応要領及び対応指針をいまだ制定していない弁護士会においては,これを早急に制定するべきであると考える。
(2) 司法手続における障がい者差別解消に向けて
当連合会は,司法の一翼を担う存在として,管内の弁護士会とともに,対応要領及び対応指針の制定だけでなく,障がいのある人に対するあらゆる差別の解消や合理的配慮の提供に積極的に取り組むことが求められているといえる。たとえば,弁護士会の受付・相談対応,弁護士の事務所における受付・相談対応,裁判所・検察庁などの司法関係機関の利用,さらに個々の訴訟手続など,個別具体的な場面において,障がいのある人に対する社会的障壁がないかどうかを点検し,それを解消していく具体的かつ丁寧な取組みも行う必要がある。
以上のとおり,当連合会は管内の弁護士会とともに障がいのある人に対するあらゆる差別の解消や合理的配慮の提供に向けて全力で取り組んでいくことをここに決意する。
以上