少年法適用対象年齢引下げに反対する決議
当連合会は,少年法の適用対象年齢を現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることに反対する。
2017年(平成29年)10月27日
九州弁護士会連合会
提案理由
1 はじめに
法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会において,少年法の適用対象年齢を,現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることの是非が検討されている。
すでに,当連合会は,2015年9月17日に少年法の適用対象年齢引下げに反対する理事長声明を出しているところである。また,当連合会を構成する各弁護士会から,少年法適用対象年齢を引き下げることに反対する会長声明が出され,福岡県弁護士会では,引下げに反対する総会決議がなされるとともに2017年8月5日にシンポジウムを開催し,宮崎県弁護士会でも2017年10月7日にシンポジウムを開催する等引下げに反対している。
日本弁護士連合会は,2016年12月22日,改めて少年法の適用年齢引下げに反対する会長声明を出し,加えて,全国各地でも,少年法適用対象年齢引下げについて反対するシンポジウムを開催するなどして,多角的な視点でこの問題について反対している。
当連合会は,法制審議会における議論状況に鑑みて,本決議をする。
2 現行少年法の理念
現行少年法は,少年が人格の形成途上で精神的に未熟で可塑性に富んでいることに鑑み,少年が罪を犯した場合,懲役・罰金等の刑罰を科すのではなく,少年の健全な育成を期するという理念のもと,少年の立ち直りや再犯の防止を目指し,教育として保護観察・少年院送致等の保護処分を行うこととしている。
現行少年法におけるいかなる制度もこの理念のもとで設計されており,少年法適用対象年齢を引き下げることの是非についても,この理念を常に踏まえて検討されなければならない。
3 現行少年法の仕組み
非行を犯した少年は,すべて家庭裁判所に送致される。大人であれば不起訴とされる万引き等の比較的軽微なものであったとしても,少年の非行の背景には様々な要因が隠れている場合があり,家庭裁判所でこれを初期の段階で発見し,手当てを行うことが少年の立ち直り,再犯の防止に有効であるからである。
家庭裁判所においては,家庭裁判所調査官が,人間行動科学(医学,心理学,教育学,社会学,社会福祉学等)の知識や技法を活用して,非行の経緯,動機,態様のみならず,少年の生育歴,家庭環境,生活状況,交友関係,性格,心身の状況等を調査し,少年が非行に至った原因を科学的に解明するとともに,再非行を防止するための教育的な働きかけを行っている。
すなわち,少年法がすべての少年非行事件を家庭裁判所に送致することとしているのは,家庭裁判所に送致するか否かを,人間行動科学の専門家でない捜査機関の判断に委ねるべきではなく,むしろ捜査機関の裁量・判断を排除して,すべての非行事件について家庭裁判所の判断・働きかけによって少年の立ち直りを期そうとするものだからである。
また,重大な非行があった場合や要保護性の高い場合には,少年を一定期間少年鑑別所に収容し,専門家である少年鑑別所技官によってより詳しく少年の性格,資質等の鑑別がなされるとともに,弁護士が少年の付添人に選任され,付添人の立場から非行の原因を調査するとともに,再非行の防止のために,少年に対し非行への認識を深めさせ,或いは励まし,親などにも働きかけて家庭環境の改善を図り,時には就職先の開拓など社会環境の調整も行っている。
そして,少年審判において,これらの調査・鑑別等の結果を踏まえて,少年の立ち直りのために必要な少年院送致や保護観察等の保護処分が決定され,その後少年院や保護観察所の指導・監督により,決定された保護処分が実施されている。
その結果,多くの少年がそれぞれの問題点を克服し,立ち直ることができている。
このように,18歳,19歳の者も対象とする現行の少年法は極めて有効に機能しており,今これを改正しなければならない立法事実はまったく存在しない。
4 少年法の適用対象年齢を引き下げるべきとする見解の問題
少年法の適用対象年齢を引き下げるべきとする見解は,一般的な法律において「大人」として取り扱われることとなる年齢は,一致する方が国民にとって分かりやすいということを根拠としている。
しかし,法律の適用対象年齢は,立法趣旨や目的に照らして法律ごとに個別具体的に検討されるべきであり,そのうえで選挙権の行使に相応しい年齢,民法で成人として取り扱うに相応しい年齢,喫煙・飲酒を認める年齢,運転免許証を与える年齢,少年法で「少年」とする年齢が定められるべきである。
また,仮に民法の成人年齢が18歳に引き下げられた場合,少年法の適用対象年齢を20歳未満としたままでも,社会的混乱が発生することはない。このことは,公職選挙法の選挙権年齢が引き下げられたのちにおいても,民法の成人年齢が20歳のままであるにもかかわらず,そのことによって社会的混乱が一切発生していないことからしても明らかである。
5 引き下げた場合の問題
仮に,少年法の適用対象年齢が18歳未満に引き下げられた場合,18歳,19歳の者については,上記の専門家による科学的な非行の原因・背景についての調査・解明及び再非行の防止のための教育的な働きかけがなされることがなくなり,犯した行為の重さに応じて罰金・懲役等の刑罰を科されることになる。
そして,実刑判決となった場合には,少年院送致された場合と異なり,立ち直りのための教育の機会が与えらないままに刑務所での受刑を終え,社会に戻ることになる。
また,18歳,19歳の者による犯罪は,多くの場合初犯であるため,執行猶予付きの判決が言い渡されることが多くなると思われるが,その場合も,同じく専門家による立ち直りのための教育がなされる機会はない。
加えて,軽微な犯罪の場合には,資質上の課題や環境上の問題が見落とされたまま,起訴猶予や罰金で事件が終了してしまうことになる。
したがって,いずれの場合であっても,18歳,19歳の者は,非行の原因についての専門家による詳しい調査・解明及び再非行の防止のための働きかけが行われることがないままに社会復帰することとなり,立ち直りの機会が奪われ,ひいては再度犯罪を引き起こすことになって新たな被害を生むことになりかねない。
6 法制審議会での議論状況など
法制審議会では,仮に少年法適用対象年齢を引き下げた場合であっても,18歳,19歳の者をそのまま現行の刑事手続きによって処遇することは適切ではないとして,様々な「刑事の実体法及び手続法の整備」が検討されようとしている。
例えば,罪を犯した若年者については,その問題に早期に対応することが改善更生・再犯防止に有用であるとして,起訴猶予になった者に対して,検察官に再犯防止のための措置の権限を付与することも検討されている。
しかし,起訴猶予処分については,裁判所による有罪認定がなされておらず,そのため,裁判手続きを経ていない人に対しても権利を制限し,権力を行使することになるのではないかという根本的な問題がある。また,若年受刑者に対しては「少年院での受刑」や,「少年鑑別所や保護観察所の調査・調整機能の活用」も検討されようとしているが,現在の少年法の運用の中で,少年院,少年鑑別所や保護観察所は有効に機能しているのであるから,わざわざ18歳,19歳の者を少年法の適用対象から外し,そのうえでこれらの機関を利用する意義は見出せない。仮に,こうした機関の活用が可能となったとしても,現行の少年法の下で担っている機能が十分に発揮できるとは期待できない。
その他,法制審議会が検討しようとしている「刑事の実体法及び手続法の整備」は,「宣告猶予制度の導入」,「刑の全部の執行猶予制度の在り方」,「自由刑の在り方」,「施設内処遇と社会内処遇の在り方」等多岐にわたり,その実現の可能性に疑問があり,また,そのいずれも現行の刑事実体法・手続法の根幹に関わるものであり,かつ,国民の権利を制約しかねないものである。
さらに,こうした新しい制度の対象者は,18歳,19歳の者にとどまらず,極めてあいまいな概念である「若年者」であったり,高齢者を含めた国民一般であったりもする。
すなわち,こうした制度の変更・創設は,国民全体の権利にかかる事柄であり,国民全体で慎重に検討されなければならない問題であって,少年法適用対象年齢を引き下げるべきか否かという問題とは別途切り離して検討すべきである。そして,少年法適用対象年齢を引き下げるべきか否かを検討するに当たっては,18歳,19歳の者に対しては,刑罰が相応しいか保護処分が相応しいかという根本的な観点から検討されるべきである。
7 結語
以上のとおり,少年法の適用対象年齢を引き下げることに合理的理由はない。また,成人の処遇制度を充実させたとしても,そのことによって少年法適用対象年齢を引き下げてよいことにもならない。
18歳,19歳の少年は,十分に可塑性を有しており,成人と同じ扱いにするのではなく,現行少年法のもとで立ち直りの機会が与えられなければならない。また,少年が立ち直ることによって,新たな犯罪を防止することができる。
当連合会は,今後も18歳,19歳の少年の立ち直りの機会が奪われることのないよう全力で付添人活動に取り組むとともに,広く社会に少年法の理念を理解してもらう活動を行い,断固として少年法適用対象年齢の引下げに反対する所存である。
以上のとおり,決議する。
以上