九州弁護士会連合会TOP > 宣言・決議・声明・警告・勧告 > 過去の宣言・決議・声明・警告・勧告 > 2010~2011年度 > 超高齢社会の医療・介護と成年後見制度の充実による高齢者の権利擁護を図る宣言

超高齢社会の医療・介護と成年後見制度の充実による高齢者の権利擁護を図る宣言

平成23年版高齢社会白書によれば、わが国の2010年10月1日現在の総人口は1億2806万人、そのうち65歳以上の高齢者人口は2958万人、総人口に占める高齢者人口の割合(高齢化率)は23.1%(おおよそ国民の4人に1人が65歳以上の高齢者)に達し、わが国は、まさに「本格的な高齢社会」、「超高齢社会」に突入したといわれており、さらに今後も高齢化率は上昇することが予想されている。

このような超高齢社会において、高齢者は、認知症を始め、加齢に伴う心身の老化とそれに起因する様々な疾病に罹患するとともに、社会生活をしていく上で高齢者に特有の様々な問題に直面する。すなわち、訪問販売等の悪徳商法や振り込め詐欺といった消費者被害や相続・遺言等の問題のみならず、高齢者にとっては避けて通ることのできない医療における医療同意の問題、介護における介護サービス契約の締結や介護サービス選択・提供の適否、家族・親子関係の崩壊に伴って発生する高齢者虐待の問題等であり、これらは高齢者が自らの力で解決することが極めて困難な問題である。高齢者が直面するこのような問題に対し、成年後見制度は、医療と介護に密接に関連する制度としてその重要性や期待が高まっているが、他方では様々な問題も抱えている。

超高齢社会において高齢者が置かれているこのような状況は、憲法第13条の「個人の尊重」・「生命・自由及び幸福追求権」、第25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が高齢者にとっては極めて危機的な状況にあることを示している。高齢者にとっての幸福追求権は、高齢者が自己決定権に基づいて人間としての尊厳をもってその地域社会で安心して生活できることにより実現されるのであり、そのためにも高齢者の自己決定権が最大限尊重されなければならない。

そこで、九州弁護士会連合会は、弁護士及び弁護士会が、超高齢社会の到来とその問題状況及び弁護士・弁護士会に求められている役割を認識し、超高齢社会における高齢者の自己決定権を最大限尊重して、市町村等の自治体や地域包括支援センター、医療機関、社会福祉協議会等の関連機関との連携を図りながら、医療や介護等の社会福祉・社会保障の領域も視野に入れた高齢者の生活全般における総合的かつ継続的な法的支援に一層努め、もって高齢者の基本的人権を擁護するため、以下のとおり宣言する。

1 高齢者の医療においては、高齢者の医療制度に関する諸問題や高齢化に伴い増加する認知症その他高齢者に特有の疾患にも理解を深め、高齢者の自己決定権を最大限尊重して高齢者医療の質の向上を図るため、高齢者の生活実態や本人の意思が高齢者の医療に正確に反映されるよう支援すること

2 高齢者介護においては、介護を受ける人の生き方の問題として、高齢者の自己決定権を尊重し、その人らしさを重視した介護(パーソン・センタード・ケア)が提供されなければならないことを認識し、高齢者に寄り添い、より積極的に、高齢者がその人らしい生き方を選択できるよう支援すること

3 成年後見制度においては、同制度が自己決定権の尊重、ノーマライゼーション、身上配慮重視という理念に立脚し、判断能力の減退した高齢者が現に有している能力を活用して社会の一員として安心して生活できるよう支援をしていくために極めて重要な制度であることに鑑み、本人の行為能力を制限することによって本人の財産を保護し他方で取引の安全を図るということのみではなく、本人の意思を最大限に尊重した上で、本人の生活の質の向上と幸福を実現するよう支援すること

2011年10月28日

九州弁護士会連合会

提案理由

第1 はじめに

1 わが国の高齢社会の現状

平成23年版高齢社会白書によれば、2010年10月1日現在のわが国の総人口は1億2806万人、そのうち65歳以上の高齢者人口は2958万人、総人口に占める65歳以上の高齢者人口の割合(高齢化率)は23.1%となり、おおよそ国民の4人に1人が65歳以上の高齢者という「超高齢社会」となっている。さらに同白書によれば、今後は総人口が減少する中で高齢化率は上昇を続け、高齢者人口は、いわゆる「団塊の世代」(1947年~1949年生まれの人)が65歳以上となる2015年には3000万人を超え、その後も増加し、2042年以降は高齢者人口は減少に転ずるが高齢化率は上昇することが予想されている。

2 超高齢社会において弁護士及び弁護士会に求められているもの

このような超高齢社会の中で、高齢者を取り巻く家族・世帯等の家庭環境の変化や地域社会の変化は、身寄りのない高齢者や一人暮らしの高齢者、高齢者夫婦世帯の急激な増加をもたらした。その生活環境の中で、高齢者は、財産管理、消費者被害、相続、遺言等の財産関係や高齢者虐待をめぐる課題に直面し、また、医療サービスや介護サービス等の社会福祉の分野や年金、住宅等の分野においても様々な課題に直面している。

高齢者の生活をめぐるこのような様々な課題に対処するために、各種の社会立法や医療制度、介護制度が用意され、福祉や医療等の専門職・専門機関が高齢者の生活を支援しているところである。そして、高齢者の生活支援は、日常生活全般に関する支援であり、医療、介護等の福祉領域から法律の領域までの広範囲に及んでおり、高齢者の生活全般の総合的な支援を行うためには、関係する専門機関や専門職との間で密接な連携やネットワーク作りを図るなどして協働関係を構築することが不可欠である。

このような観点から、われわれ弁護士及び弁護士会は、法律分野の専門職として、高齢者の生活全般に関する法的支援活動・権利擁護活動をすることが期待されており、弁護士及び弁護士会に対する法的支援のニーズも次第に高まっている。そして、日本弁護士連合会は、2009年6月1日、「日本弁護士連合会高齢社会対策本部」を立ち上げ、全国各地でモデル事業を実施するなど活発な活動をしているところである。

第2 高齢者の医療をめぐる問題

1 高齢者医療制度の変遷

わが国の医療制度は、1961年の国民皆保険制度に始まり、その後の老人福祉法の改正による70歳以上の国民の医療費無料化等の改正、さらに新たな高齢者医療制度の創設をはじめとする医療制度改革を経て、2008年からは後期高齢者医療制度がスタートした。

2 高齢者医療制度改革の問題点

後期高齢者医療制度に対しては多くの批判があり、現在、高齢者医療制度のあり方の見直しが検討されている。すなわち、厚生労働省の高齢者医療制度等改革推進本部は、「医療制度改革の課題と視点」において、高齢者医療制度を「適切で効率的な医療の提供」と「高齢者医療費の公平な分担」という視点から見直しを検討している。「適切で効率的な医療の提供」に関しては「高齢者の心身の特性を踏まえた医療や介護サービスとの連携・調整、終末期における生活の質の向上という観点からの医療やケアのあり方等についての議論」を深めることが求められている。

しかし、この見直しは、高齢者医療費の急増などによる深刻な医療保険財政という観点から「高齢者医療費の伸びの適正化」を図ることと密接に関連しており、医療を受けるべき主体としての高齢者の医療を受ける権利への配慮は殆ど示されていない。そのため、医療費抑制の観点から高齢者にとって真に必要かつ適切な医療行為が差し控えられたり、高齢者が医療費のことを心配して医療を受けることを差し控えるようになり、却って、高齢者の医療を受ける権利が侵害されるおそれがあるのではないかという問題がある。

3 自己決定権と医療を受ける権利

自己決定権は、「個人の尊厳」、「生命・自由及び幸福追求権」を保障する憲法第13条にその根拠がある。医療における自己決定権は、医療の場において医療行為を受けるにあたり、患者本人に十分な情報と説明が与えられ、患者本人がその情報や説明を理解した上で、当該医療行為を受けることの同意または不同意を自ら決定をすることができるという権利であり、医療行為(医的侵襲行為)の違法性を阻却する事由とされている。

4 自己決定権と医療同意の問題

高齢者の医療においては、この自己決定権は、医療同意、同意能力の問題として表われる。すなわち、高齢者の同意能力が減弱または喪失している場合に、どのようにしてその自己決定権の保障を図るべきか、成年後見人に医療同意権があるか、また医療同意権の代行ができるのかという形で現実の問題となっている。

この問題について、成年後見法制改正の際の法務省民事局参事官室は、同意権者、同意の根拠、限界等について社会一般のコンセンサスが得られていないとして医的侵襲に関する決定権・同意権に関する規定の導入を見送り、当面は緊急避難等の一般原則に委ねるのが相当であり、後見人には医療同意権はないとの立場を表明しており、一般的にもそのように解されている。しかし、高齢者の医療の現場では、後見人が医療同意を求められることがしばしばあり、後見人に医療同意権がないとすると高齢者の医療同意を誰に求めるべきかということで医療現場で混乱も生じている。もし、医療行為を必要とする高齢者が同意能力を喪失していて誰からも医療行為の同意が得られないことになれば、高齢者の医療を受ける権利が保障されないことになる。

そこで、高齢者の医療を受ける権利を保障するという観点から成年後見人に医療同意権を肯定しようという見解や立法により解決するべきであるという見解も表明されている。

5 自己決定権と「終末期医療」の問題

高齢者の医療を受ける権利と自己決定権との関連で検討するべきもう一つの問題として、「終末期医療」の問題がある。終末期とは人がその生命の終焉を迎えようとしている時期のことであり、終末期医療の問題とは、そのような終末期における医療のあるべき姿を患者本人の意思、自己決定権との関係でどのように捉えるべきかという問題である。

終末期医療においては、医療行為の開始・不開始、医療内容の変更、医療行為の中止等が患者の死に直結しやすく、しかも患者自身は当該医療行為を理解する能力を失い、自らがその場において同意・不同意の決定をすることができないことが多いため、患者の自己決定権をどのように尊重するべきかが議論されている。その方法として、事前指示(Advance-Directive)、リヴィング・ウィル(Living-Will)、あるいは持続的代理権授与(Durable-Power-Attorney)の方式が提案されている。これらは、いずれも、本人の判断能力がある時期に、終末期において自らの判断ができなくなった場合を想定し、その場合の患者本人の希望・意思として予め文書で残しておくというものであり、自己決定権を終末期において反映させようという方式である。

また、終末期における「QOL(Quality-of-Life)、生活の質」や「ADL(Activities-of-Daily-Living)、日常生活動作」の支援も重要である。患者本人の意思の内容、その意思を推定するプロセス、同意権・代行権をどのように制度化するかということも問題とされている。

6 高齢者医療における弁護士及び弁護士会の役割

われわれ弁護士及び弁護士会は、今後、高齢者の医療の領域で総合的かつ継続的な支援をしていくために、医療行政の動きについても常に関心を払いつつ、他方では医療の現場における「医療同意」や「終末期医療」の問題においても、法律の専門職としての立場から、高齢者の自己決定権の確立と高齢者医療の質の向上が図られるよう積極的に関与していくことが求められている。

そのためには、弁護士及び弁護士会は、医師や看護師その他の医療従事者といった医療の専門職の人々との密接な連携を図っていくことも必要である。

第3 高齢者の介護をめぐる問題

1 高齢者介護制度の変遷と現状

高齢者介護について、従来、憲法第25条による生存権の保障を具体化してきたのは老人福祉法に基づく「措置制度」であった。これは、地方自治体が行政処分として福祉サービスの必要性や内容を決定するものであり、介護は、高齢者の権利に基づくものではなく、行政処分の反射的利益にすぎなかった。

しかし、高齢化の進展に伴う高齢者の医療費の増大や要介護高齢者を入院させる「社会的入院」が問題となったため、1997年、高齢者の尊厳を保持し、その有する能力に応じて自立した生活を営むことを支援する目的で介護保険法が制定され、2000年4月から介護保険制度の運用が始まった。これにより、介護制度は「措置から契約へ」と変わって介護サービスの利用は契約に基づく権利となり、高齢者は、介護サービスを受ける権利の主体とされた。

介護保険制度の導入により、高齢者は、要介護認定を受け、要介護度に応じたケアマネジメントを経て、自ら選択した事業者と契約を締結して希望する介護サービスを利用することができるようになった。その後、介護保険法は、医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスが日常生活圏域で継続的かつ包括的に提供される地域包括ケアの実現及び制度の持続可能性を目的として改正され、最近でも、2011年3月、24時間対応の定期巡回・随時対応サービスや複合型サービスを創設して地域包括ケアシステムの構築を進める改正案が閣議決定された。

2 高齢者介護制度の問題点

介護サービスを受ける高齢者数は、介護保険法が施行された2000年の149万人から2010年には384万人へと増加している。また、訪問介護事業所の数は2000年の9833事業所から2008年には2万0885事業所へ、介護老人福祉施設は4463施設から6015施設へとそれぞれ増加しており、介護サービスの基盤整備は進んでいる(「介護保険制度の見直しに関する意見」(社会保障審議会介護保険部会))。

その一方で、介護者自身が高齢である「老老介護」や介護者自身が認知症である「認認介護」の問題は解消されず、さらには、高齢者の孤独死、介護を苦にした殺人や自殺も生じている。これらは、高齢者の介護を地域で支える「介護の社会化」が未だ進んでおらず「家庭内介護」に止まっていること、真に医療を必要とする高齢者や重度の要介護高齢者が日常生活圏域で介護を受けることをあきらめざるを得ないことをも意味している。また、介護保険制度は税金や保険料によって賄われる「公設民営」の制度であるが、急激に増加した介護サービス提供事業者の中には、介護サービスを必要とする高齢者のニーズではなく、サービスを提供する事業者の側の論理に基づいて介護サービスを提供しているものも少なくない。

これらの問題は、介護の現場が閉鎖的なものになりやすく、その結果、高齢者虐待の温床ともなっており、高齢者虐待への対応も問題となっている。

3 高齢者介護のあるべき姿―「パーソン・センタード・ケア」
(1)その人らしさを重視した介護-「パーソン・センタード・ケア」

人は、加齢に伴う心身の機能の低下を避けることはできない。介護は、心身の機能が低下した高齢者の生活全般に対する支援であり、介護を受ける高齢者が日々の生活をどのように送ることを望むかという視点に基づく対応が必要とされている。そのため、高齢者の自立を支援するという介護保険法の目的を実現するためには、高齢者の介護に携わる者が、認知症等高齢者の心身機能だけに着目するのではなく、人生歴・生活歴、嗜好、思想信条等高齢者の人間性全体を理解する必要がある。

このように、高齢者の人間性全体を踏まえた、その人らしさを重視した介護、すなわち、「パーソン・センタード・ケア」が提供されるべきである。

(2)介護の社会

そして、介護の社会化を実現するためには、「パーソン・センタード・ケア」の理念を社会全体で共有することが必要である。そうすることにより、医療、介護、住まい、生活支援等の各場面で高齢者のニーズを細かく汲み取ったサービスを提供することができる。介護が必要になっても、それまでの住まいを離れて生活を一変させるのではなく、それまでに築いてきた人間関係や住み慣れた地域での生活を基盤として介護を受けることができるように社会全体で取り組むべきである。

4 介護の分野における弁護士及び弁護士会の役割
(1)介護に関するこれまでの弁護士の取り組み

従来、弁護士は、高齢者介護の問題については、成年後見人等として要介護状態の高齢者を支援したり介護事故の解決に関与するほか、介護事業者に法的助言を行ったり行政機関の設置する審議会等で法的提言を行ったりして高齢者の権利擁護に努めてきた。もっとも、成年後見人等としての活動は、介護サービス契約を締結するなど行為能力を補完することに重きが置かれていたという批判があったし、介護事故への対処を通じた検証も事後的な対応にすぎなかったという批判があった。

(2)介護の分野において弁護士及び弁護士会に求められる役割

そもそも、「パーソン・センタード・ケア」で重視される「その人らしさ」は、その人の自己決定の積み重ねに他ならない。そのため、「パーソン・センタード・ケア」を実現するためには、憲法第13条に基づく自己決定権を高齢者の介護の分野において浸透させることが必要であり、法律専門職である弁護士が果たすべき役割は大きい。

つまり、弁護士は、高齢者の自己決定権の尊重という理念の下、より積極的に、高齢者が、その人らしい生き方を選択することができるように高齢者を支援していかなければならない。また、高齢者の自己決定権の尊重という理念を介護の分野にも浸透させ、社会全体で共有できるよう働きかけていかなければならない。

そのためには、弁護士は、介護保険法や介護保険制度を熟知し、それぞれが活動する地域における介護の実態・現状を十分に把握しておかなければならない。その上で、高齢者のニーズを正確に汲み取るために、弁護士会は出張法律相談や電話相談等を積極的に実施し、それを通じて、心身の機能が低下して外出することが困難な高齢者のもとへ弁護士が赴くことが必要である。また、高齢者介護は、高齢者の生活全般に関係する継続的かつ包括的な支援活動であり、弁護士及び弁護士会は、医療・介護等の専門職や地域包括支援センター等の専門機関とのネットワークを形成して相互にその役割を理解し、協働して高齢者介護の支援をすることが不可欠である。さらに、超高齢社会のさらなる進展を見据えて高齢者介護制度のあり方を常に検証し、介護保険制度の運用が真に高齢者の自立を支援するものになるよう、行政機関へ働きかけ、また、市民への啓発も視野に入れた活動をすることが期待される。

第4 成年後見制度のあるべき姿を求めて

1 成年後見制度のスタート

従来の禁治産・準禁治産制度に替わって、2000年4月、成年後見制度がスタートした。この制度は、法定後見制度と任意後見制度の2つに区分されるがいずれの制度も自己決定権の尊重・ノーマライゼーションといった理念の下で本人の権利を擁護して実現しようという制度である。この制度は、同じ時期にスタートした介護保険制度において、福祉サービスの提供を受けることが「行政上の措置」から「契約」へと移行したことに伴い、認知症高齢者や知的障害者、精神障害者等が福祉サービスを受けるには福祉サービスを提供する者との間で契約を締結することが必要となったため、成年後見制度と介護保険制度は車の両輪の関係に例えられることがある。

すなわち、成年後見制度は、本人の事理弁識能力を補完して本人の財産を管理するということの他に、社会福祉の領域においても重要な役割を果たすことが期待されているのである。

なお、成年後見制度はそのスタートから既に10年を経過しているが、最高裁判所が「成年後見関係事件の概況」で公表している統計によれば、成年後見、保佐、補助の各申立件数は、年々着実に増加しており、国民のこの制度に関する関心・期待も次第に高くなっていることが明らかになっている。

2 成年後見制度のかかえる問題点の一つ

(1)成年後見制度の運用の実態は、本人の行為能力を制限してその財産を保護するという旧来の禁治産制度の色彩を色濃く残している。例えば、成年後見人の職務では財産管理が重視され、本人のための財産の保全に主眼が置かれる運用も見られる。それゆえ、却って本人のための財産使用が抑制的になり、本人の望む消費が制限され、その結果、本人の自己実現が図れず、自己決定権もままならないことにもなりかねない。特に、推定相続人がいる場合、成年後見人の財産管理が、本人のための財産保全ではなく、事実上相続財産を維持するための財産管理として機能することになれば、本人の自己実現とは相容れない財産管理になりかねない。

なお、最高裁判所は、親族後見人等の不祥事を防止する趣旨で「後見制度支援信託」という制度を提案している。この制度は、成年後見の申立てがあった場合において親族後見人を選任するについて、一旦は専門職後見人を選任し、その専門職後見人が裁判所の関与の下に信託銀行と信託契約を締結し、その後専門職後見人は辞任し、以後は親族後見人による後見が継続するというものである。

しかし、この制度は、親族後見人による不祥事を防止して本人の財産保護を図ろうとするものであるが、却って本人のための財産使用が抑制的になり、本人の望む消費が制限されることとなりかねず、本人の自己決定権の尊重、残存(現有)能力の活用、ノーマライゼーションという成年後見制度の基本理念に反するおそれがあり、この制度を導入することは問題である。

(2)成年後見制度のその他の問題点

成年後見制度の基本理念に係わる上記の問題に加え、成年後見制度については、(1)成年後見人等の担い手の確保の問題、(2)成年後見人等の監督のあり方と不正行為の防止策、(3)成年後見制度の利用促進における問題、(4)成年後見制度の事務処理上の問題、(5)成年後見人の職務の範囲に関する問題、(6)成年被後見人等の資格制限の問題などが指摘されている。

3 より良き成年後見制度を目指して
(1)成年後見制度の基本理念の捉え方

成年後見制度の基本理念は、自己決定権の尊重・ノーマライゼーションにある。

憲法第13条は「個人としての尊重、生命・自由及び幸福追求権」を規定する。自己決定権の尊重もノーマライゼーションもともに憲法第13条から導かれる理念であり、成年後見制度においては、加齢・高齢化や病気等により判断能力が減退した高齢者や障害者であっても、「すべて個人として尊重され」、「社会を構成する一員として家庭や地域において普通に生活することができるという理念(ノーマライゼーション)」が根底になっている。

成年後見制度のこのような基本理念を受けて、民法も、成年後見人等には被後見人等の生活、療養看護に関する事務を行うことを定めているが、その際には、被後見人等本人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮するべき義務(身上配慮義務)を負わせている(民法第858条)。

(2)成年後見制度のあるべき姿

このように成年後見制度の基本理念が「自己決定権の尊重・ノーマライゼーション」であるとすれば、被後見人等本人の意思の尊重、身上配慮義務が重視されるべきであり、本人の最大限の幸福が得られるように、その者が現に有する能力(現有能力)を十分に引き出し、本人が自ら社会の一員としてその地域で安心して生活できるように支援する制度(本人の自己実現ができる制度)が成年後見制度のあるべき姿である。

4 成年後見制度において弁護士及び弁護士会に求められる役割

成年後見制度のあるべき姿をこのように捉えると、成年後見制度における財産管理は、被後見人等の「自己決定権の尊重・ノーマライゼーション」を実現するための手段と捉えられるべきであり、成年後見人等の職務は、被後見人等の「自己決定権の尊重・ノーマライゼーション」の実現を支援することにある、ということができる。一方で、管理されるほどの財産を有していない高齢者については、その自己決定権の尊重、ノーマライゼーションの実現を支援するために、医療や介護において十分な医療サービス、介護サービスが受けられるよう成年後見人等がその職務を果たすことが求められている。

第5 まとめ

日本弁護士連合会も指摘しているように、われわれ弁護士及び弁護士会には、わが国の急速な高齢社会の進行に伴う本格的な高齢社会、超高齢社会の到来に鑑み、高齢者が地域社会において人間としての尊厳に満ちた安心した生活をすることができるよう、高齢者の生活全般にわたって総合的かつ継続的な法的支援を行い、もって高齢者の基本的人権の擁護に寄与することが求められている。敷衍すれば、われわれ弁護士及び弁護士会には、高齢社会における医療や介護及び成年後見制度において、高齢者の自己決定権が十分に尊重され、ノーマライゼーションが実現できるよう、高齢者の生活全般における総合的かつ継続的な法的支援活動が求められているといえよう。

そのために、われわれ弁護士及び弁護士会は、高齢者の医療や介護における様々な課題についても深い理解と関心を持って臨むことが必要であるとともに、高齢者の医療や介護に従事する関係者及び行政機関、病院、社会福祉施設、地域包括支援センターその他地域の関係機関等と密接な連携を図ることが肝要である。

また、高齢者が置かれている身体的、精神的、経済的その他社会的な現実の不利益に配慮して、高齢者がより利用しやすい法的支援の具体的方策を講じることも必要である。

もちろん、われわれ弁護士及び弁護士会が高齢者の法的支援・権利擁護を十分に果たすためには、高齢者の医療や介護に関する基本的知識を欠かすことができない。そのためには、われわれ弁護士も自らその基本的知識を得るように研修会等を実施するなどして研鑽を積む必要がある。

われわれ弁護士及び弁護士会は、医療、介護及び成年後見制度の充実を目指して高齢者の法的支援に一層努め、もって、超高齢社会における高齢者の基本的人権を擁護するため、以上のとおり宣言する。

以上