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司法修習生の給費制の維持を求める決議

2010年(平成22年)11月から,司法修習生に対し給与を支給する制度(給費制)に代えて,修習資金を国が貸与する制度(貸与制)が実施される。

給費制の廃止は,我が国の司法にとって極めて危機的な事態である。司法修習生は,将来の司法の担い手として,日々法曹としての研鑽を積まなければならない者であり,修習専念義務が制度的に義務づけられている。この義務は,これまで給費制の下でこそよりよく履行されてきたものである。

人材育成の点で、例えば行政権と比較すると,行政職の試験に合格して採用された者は,国から給与が支給され,行政権を支える有為な人材として育成される。司法修習生は,司法試験に合格し,最高裁判所から司法修習生を命じられ,裁判官,検察官及び弁護士という我が国の司法を支える有為な人材となるべく,最高裁判所の監督下で養成されている。仮に司法修習生に給与が支払われないことになれば,行政権が試験に合格した将来の担い手に給与を支給して育成することと比較すると,修習期間とはいえ,司法権の法曹養成の有り様は余りにも脆弱だといわなければならない。

司法権は,単に法を適用して市民の紛争を解決するだけにとどまらず,三権分立制のもと,立法権,行政権に対して,その権力の行使を監督しなければならない使命がある。その司法権が,将来の担い手を給与も与えないで養成するというのは,他の機関と比べて,すでに人材育成の段階で劣ることをも意味し,結果として司法そのものを脆弱ならしめる危険がある。

法の支配の実現という視点に立ってみると,我が国の法による支配の実現のためには,司法を支える裁判官,検察官及び弁護士が多様・有為な人材に基づくことが不可欠であり,その多様・有為な人材の供給源は,司法修習生である。司法修習生が,法の支配を実現する将来の司法の担い手として育つためには,修習期間内に給与が保障されていることが必須である。給与が保障されているからこそ,安心して修習に専念できるのであり,経済的余裕がない者も法曹を志すことができるのである。

さらに,法科大学院で多額の学費を要する上に,司法修習生の給費制が廃止されれば,経済事情から法曹への道を断念する事態を招くことにもなりかねず,司法に多様・有為な人材の確保自体できなくなるおそれすらある。

今回の司法修習生に対する給費制の廃止は,司法そのものを脆弱ならしめて,法の支配をも危うくしかねないものである。

そこで,当連合会は,本大会において,司法修習生の給費制を維持することを強く求める。

2009年(平成21)年10月23日

九州弁護士会連合会

提案理由

1 貸与制導入に関する裁判所法改正の経緯等

(1) 施行時期及び付帯決議

平成16年11月に,裁判所法が改正され,司法修習生に対し給与を支給する制度(給費制)を廃止し,修習資金を国が貸与する制度(貸与制)を導入することとなり(裁判所法67条の2),平成22年11月に貸与制の実施が予定されている。

同改正については,衆参両議院共通の付帯決議がなされ,改革の趣旨目的が「法曹の使命の重要性や公共性にかんがみ,高度の専門的能力と職業倫理を備えた法曹を養成する」ものであるとされ,「給費制の廃止及び貸与制の導入によって,統一・公平・平等という司法修習の理念が損なわれることがないよう,また,経済事情から法曹への道を断念する事態を招くことのないよう,法曹養成制度全体の財政支援のあり方も含め,関係機関と十分な協議を行うこと」が明記された。しかし現状ではこの改革の趣旨目的に反する事態となっている。

(2) 裁判所法改正当時の理由

給費制の見直しの必要性として,(1)国家公務員の身分をもたない者に対する支給は極めて異例の取扱であること,(2)司法修習は個人が法曹資格を取得するためのものであり受益と負担の観点からは必要な経費は修習生が負担すべきであること,(3)現行の給費制は法曹人口が希少であった戦後まもなく導入されたが,法曹人口に係る情勢は大きく変化したことなどが挙げられた。

しかし,その実質的な理由として,第1は,司法試験合格者を平成22年には年間3000人を目指すという法曹人口の急激な増加による財政的支出の拡大のほか,法科大学院制度の導入による財政的支出の拡大が不可欠であるなど司法予算に関する支出増大への危惧である。第2は,司法修習生の多くが弁護士という民間人となるのに,国家が給与を与えることへの国民の理解が得られないというものであった。

(3) 給費制維持の必要性

後述するとおり,給費制は司法修習に極めて重要な役割を果たしてきたものであり,上記裁判所法改正後の事情をみても,給費制の廃止及び貸与制の導入は,司法修習の理念を損ない,経済的事情から法曹への道を断念する事態を招くものであって,前記付帯決議の趣旨に則り,関係機関と協議を行い,給費制を維持すべきである。

2 給費制の重要性

(1) 司法修習専念義務

修習生には修習専念義務が課せられ,アルバイト等を禁止する一方で,給費制により生活を保障してきた。給費制があるからこそ,司法修習生は,経済的な不安なく修習に専念でき,また弁護士の公益的活動も学ぶことができ,そこで醸成された社会的責任に基づき,弁護士になった後も公益的活動を含めた弁護士業務に従事してきたのである。

また,給費制という生活の保障があることから,地方単位会へも就職活動をすることができ,地方単位会への登録が可能となり,弁護士の都市集中を防いできた。とりわけ地理的要因から弁護士過疎地域を数多く抱える当連合会管内にあっては,給費制を維持して司法修習生の地方単位会への弁護士登録を容易にすることは,弁護士過疎地域の市民に対する平等な法的サービスの実現という観点から,非常に重要な意義を有する。

これら弁護士業務は,中長期的に国民の利益に還元されてきたものである。

給費制を廃止してアルバイト等を禁止しながら,司法修習生の修習専念義務を課すことは,司法修習生に経済的に過大な負担を強いるものであり,そもそも制度として無理がある。貸与制になった場合には,司法修習生は,法科大学院における入学金,授業料等総額で1000万円にも及ぶと言われている経済的負担に加えて,さらに多大な修習資金貸与の返済という負担を負うことになる。このような無理な制度を押しつけられた修習生に社会的責任の形成を期待するのは困難といわなければならない。

そしてその結果は,修習資金貸与の返済のために弁護士報酬の高額化という形で,国民の負担にもなりかねない危険もある。

給費制の維持は,司法修習専念義務を課している現行制度のもとで,実りある司法修習を実現するために必要不可欠なものである。

(2) 司法権の担い手たる司法修習生

我が国では国家権力の強大化を防止して個人の人権を保障するため,国家権力を,立法,行政,司法の三権に分離した(三権分立)。

司法権は,具体的な紛争について法を適用してこれを解決する作用であり,市民は法律上の紛争があれば,自己の正当な利益を確保するべく紛争解決の手段として訴訟提起等をして裁判所を利用する権利を有する。裁判所は,訴訟提起等があればこれを受けて裁定することにより司法権を行使するが,自ら紛争解決に乗り出すことはない。市民自ら訴訟提起等のアクションを起こさなければ司法権は発動されないのである。弁護士は,かような司法権発動の前提となる市民の訴えを代弁することにより司法権を支えているのである。また,正当な訴訟活動等がなされなければ正当な司法判断は下されないことは言うまでもない。弁護士は正当な司法判断が下されるべく,市民の側から行動しているのである。

同じことは刑事事件についても言える。起訴された被告人は,いかなる場合も資格を有する弁護人を依頼する権利を有し,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。この意味でも弁護士は市民の正当な権利を擁護して司法権を支えている。

そして,司法修習生の多くはこのような弁護士になるのである。

司法修習生の多数が裁判官,検察官という公務員にならないからといって給与を支給しないというのは,弁護士が在野から司法権を支えている社会的実体を看過しているものと言わなければならない。

司法修習生は,裁判官,検察官にならない者も含めて全員が,将来,我が国の三権の1つである司法権を担う者なのである。

(3) 人材育成のあり方

このように司法修習生は将来の司法権を担う重要な人材である。給費制の廃止はこのような重要な人材を育成するという観点から是非とも維持されなければならない。

三権の1つである行政権の人材育成と比較する。

行政職の試験に合格し,採用された者は,国から給与を支給され,行政権を支える有意な人材として育成される。同じことは司法修習生にもいえるはずである。司法修習生は司法試験に合格し,最高裁判所から司法修習生として命じられ,裁判官,検察官,弁護士という我が国の司法権を支える有意な人材となるべく,最高裁判所の監督下で養成されている。仮に,司法修習生に給与が支払われないということになれば,行政権が,試験に合格したその将来の担い手を,給与を支給して育成することと比較すると,司法権の人材育成の点で余りにも脆弱だといわなければならない。

さらに,司法権は単に法を適用して,市民の紛争を解決するだけにとどまらない。三権分立制のもと,立法権,行政権に対して,その権力の行使を監督しなければならない立場にある。

その司法権が,その将来の担い手を給与も与えないで養成するなどというのは,他の機関と比べて,すでに人材育成の段階で劣っていることをも意味するのであり,その結果として司法権そのものを脆弱ならしめる危険がある。

法の支配の実現という視点に立ってみると,我が国の法による支配の実現のためには,司法権を担う裁判官,検察官,弁護士が有為な人材に支えられていることが,不可欠である。その有為な人材の供給は,司法修習生に求められているのである。その司法修習生が,法の支配を実現する司法権の将来の担い手として,育つためには,その修習期間,給与が保障されていることが必須である。給与が保障されているからこそ安心して修習に専念できるのである。

3 社会的インフラとしての弁護士

(1) 国民の社会生活上の医師

司法改革審議会は,法曹の質を求め,法曹教育の在り方及び弁護士の役割について,「国民の社会生活上の医師」であることを求め,弁護士に社会的責任(公益性)の自覚を求めている。

弁護士がこの「国民の社会生活上の医師」としての役割を果たすためには,個々の弁護士の不断の努力が必要であることは言うまでもないが,同時によりよい法曹を生み出すための,経済面も含めた上での国家規模の法曹養成制度が整備されなければならない。

(2) 医師養成制度との比較

ここで医師の養成制度と比較すると,医師国家試験に合格した医師には2年間の研修を義務づけられているが,アルバイトなしで研修に専念できるよう,臨床研修には,教育指導経費・導入円滑化加算費として予算化がなされている。この医師は公務員だけでなく民間医師も含まれているのである。

この点で,「国民の社会生活上の医師」たる弁護士について,医師の研修と平行して考え,現在の給費制を維持することは制度的には何ら不自然な点はない。

医師も法曹もいずれも我が国における社会的インフラであると理解され,そのために国家予算を投じて,医師と法曹の養成を図ってきたと理解できる。

裁判所法の改正の際に貸与制導入の大きな理由として「司法修習は個人が法曹資格を取得するためのものであり,受益と負担の観点から必要な経費は修習生負担すべきである」との議論がなされたが,かかる議論は,上記の通り,法曹を社会的インフラとは考えていないものであり,医師との養成制度ともバランスを欠き,社会的インフラ形成のために国家予算を導入して人材育成を図ろうとした国家政策にそぐわないものである。

4 裁判所法改正後の実情

(1) 法科大学院の乱立,低合格率,多額の学費

法科大学院(ロースクール)は,現在,全国各地に74校が設立され,入学が始まった2004年~2008年度までに,法科大学院には5400~5800名の入学者があった。裁判所法改正時はいまだ法科大学院は始まっておらず,かかる入学者数は当時の司法制度改革審議会の予想を大幅に上回るものであり,いわば,法科大学院の乱立状態となっている。これが原因の1つとなり,当初同審議会の期待した7~8割という司法試験合格率は,48%から33%まで落ち込んでいる。

また,法科大学院の費用としては入学金が概ね23~30万円,年間授業料が80~130万円,その他の費用負担が年間20~30万円を要し,法学既修者でも2年,法学未修者であれば3年間負担しなければならない。さらに生活費を負担し,社会人入学者は家族の生活をも支えなければならない。その結果,法科大学院で学ぶためには1000万円もの経済的負担を要すると言われている。

新司法試験に合格し司法修習生になった後にも,貸与制になった場合,修習専念義務によりアルバイトを禁止され,その間の生活費は修習生資金を貸与され,法曹になった後に返済義務を負うことになる。

(2) 司法修習生の就職難

そして,司法修習生にはさらに就職難が待っている。

法曹人口,とりわけ弁護士数の急激な増加により,近年,司法修習生が法律事務所へ就職することが困難となっている。多額の学費負担をして司法試験に合格し,司法修習生になったにもかかわらず,就職できない司法修習生が増加している。弁護士会は修習生の就職の充実に努めているが,当初言われていた経済界からの需要は見込みほど大きくはなく,任期付公務員・社内弁護士など他分野への進出も困難であり,裁判官,検察官の増加もわずかとなっている。

(3) 有為な人材確保が困難となる

これらは裁判所法改正後の実情であり,改正当時は予想されていなかった。

法科大学院への志願者数が2007年度では4万5207名であったものが,2008年度では3万9555名と減少している。このように志願者数が減少している背景には,大学生などの若者に,法曹は人生をかけて目指すような職業ではない,という心理が働いているものと思われる。

このままでは法曹を目指す有為な人材が減少することに拍車がかかること必至であり,このような状況下で,給費制を廃止し,貸与制に移行すれば,冒頭述べた衆参両議院付帯決議にある「経済事情から法曹への道を断念する事態を招くこと」になりかねず,「高度の専門的能力と職業倫理を備えた法曹を養成する」ことは著しく困難となることは明らかである。

5 単位会の状況

既に,当連合会は,当連合会理事長と九州・沖縄の7法科大学院院長の連名で給与支給の継続を求める共同声明をしたほか,当連合会管内のすべての単位会において,司法修習生の給費制維持を求める会長声明をし,又は決議を採択している。

すべての単位会が給費制の維持を極めて重要な問題であると捉え,かつ,給費制の維持を実現することを強く求めている状況を踏まえ,当連合会において,今一度,給費制の維持を実現するために同趣旨の決議を行うことは非常に重要な意義を有するものと考える。

6 まとめ

以上のような,給費制が司法修習に果たしてきた役割,司法修習生の修習専念義務,医師の養成制度との公平性,裁判所法改正後に,経済事情から法曹への道を断念しかねない事態になっているという事情の変更があること等からすれば,「国民の社会生活上の医師」たる役割を求められ社会的インフラである弁護士を含めた法曹の養成制度について,今一度,国家規模での議論を尽くすべきである。

そこで,当連合会は,裁判所法の改正を含め司法修習生の給費制を維持すべきことを我が国の三権の長に強く求めるとともに,その実現のために全力を尽くす決意をする。