九州弁護士会連合会TOP > 宣言・決議・声明・警告・勧告 > 過去の宣言・決議・声明・警告・勧告 > 2010年度以前 > 水俣病問題についての抜本的な解決を求める再度の決議

水俣病問題についての抜本的な解決を求める再度の決議

1 2004(平成16)年の関西訴訟最高裁判決によって、国、熊本県の法的責任が確定してから4年が経過した。

その間水俣病の認定申請をした者の数は熊本県、鹿児島県で5000人を超えている。にもかかわらず、認定審査会は鹿児島県では全く開かれていないし、熊本県でも再開はしたもののほとんど機能していない。すでに1600人もの患者が司法救済を求めて提訴するという状況にあり、さらに拡大する様相にある。

2 当連合会は、これまで水俣病問題について、2007(平成19)年2月に国、熊本県、鹿児島県、チッソ株式会社に対して警告を発したり、同年の定期大会において水俣病問題について抜本的な解決を求める決議を採択したりするなどの活動を行ってきた。

さらに当連合会は、日本弁護士連合会と合同で本年6月14日及び6月15日の2日間に亘り、胎児性世代及び小児性世代を中心におよそ110名の水俣病患者についての実態調査を実施した。この調査の結果においても、水俣病患者の実態が明らかになってきている。何らの救済も受けることができていない被害者が数多く残されているし、胎児性世代等の比較的若い世代の問題が取り残されている。また、水俣病の被害救済に関し行政から何らの情報提供もなく、被害者が救済から取り残されてきたことなどがこの調査から浮かびあがってきた。

3 これに対して、国(環境省)も熊本県も自らの責任を放棄し、何らの解決を図ろうとしない。立法府においても、与党プロジェクトチームなどでその対応を検討しているとされているが、具体的な救済立法は全くなされておらず、またその動きも乏しい。むしろ、被害者救済を置き去りにしたまま、加害企業チッソの分社化の議論が持ち上がるなど、加害企業擁護とも取れる案が出てくるなど水俣病の問題はますます混迷の度合いを深めている。

4 これまでの国(環境省、国会)や熊本県の対応は、関西訴訟最高裁判決で明らかにされた国や熊本県の責任を果たそうとするものとは到底評価することはできない。むしろ、関西訴訟最高裁判決からすでに4年が経過し、この間何ら具体的救済措置をとっていないことからすると、国や熊本県は、関西訴訟最高裁判決で課せられた法的責任を何ら果たそうとせず、被害者を放置し続けているといえる。公式発見から実に52年もの年月が経過した水俣病の問題は、被害者の生命・健康を侵害した重大かつ未曾有の人権問題である。この重大な人権問題について長年被害を放置し、あまつさえ最高裁判所判決後相当期間を経過したにもかかわらず、国や熊本県がなお被害者救済を行わないという不作為状態が続いていることは違憲の評価をうけるものといわざるを得ない。

5 水俣病の発生からすでに半世紀が過ぎ、被害者も高齢化していっている。昨年度においても九弁連大会決議で水俣病問題についての抜本的な解決を求める決議を行ったが、この1年間に被害者救済になんら進展がないことは重大な人権侵害が継続していることにほかならない。すべての被害者救済のためには、一刻の猶予もない状況である。

よって、当連合会は、国、熊本県、鹿児島県に対し、昨年度に引き続き改めて、早急に不知火海沿岸全域における健康調査を実施するとともに、かつ、以下の点を考慮した水俣病についての抜本的な解決策を策定し実施することを強く求める。

(1)従来の判断基準を改め、症状の軽重を問わず、すべての被害者を救済すること。

(2)補償の内容は少なくとも2004(平成16)年最高裁判決の内容を下回ってはならないこと。

(3)恒久対策としての医療費、療養費等の支給、さらには、水俣病に関する医療専門家の育成や医療の充実、介護・自立支援等の福祉施策の充実等を解決策に盛り込むこと。

(4)解決にあたっては、国、熊本県も経済的負担を行うこと。

(5)解決策は時限的なものではなく、恒久的な救済施策とすること。

以上のとおり、決議する。

2008年(平成20)年10月24日

九州弁護士会連合会

提案理由

1 関西訴訟最高裁判決により国、熊本県の法的責任が確定して4年が経過した。

その間水俣病の認定申請をした者の数は熊本県、鹿児島県で5000人を超えており、にも関わらず認定審査会は鹿児島県では全く開かれておらず、熊本県でも再開はしたもののほとんど機能していない現状にある。これだけの数の認定申請者に対して、年間わずか数件しか判断をすることができておらず、認定審査会は全くその役割を果たしていない。

他方すでに1600人もの患者が行政認定とは別に司法救済を求めて提訴するという状況にあり、その数はさらに拡大する様相にある。

2 この状況下において、九州弁護士会連合会は日本弁護士連合会と合同で本年6月14日及び6月15日の2日間に亘り、胎児性世代及び小児性世代を中心におよそ110名の水俣病患者についての実態調査を実施した。この調査の結果においても水俣病患者の実態が明らかになってきている。

調査結果によると、行政は水俣病に関する情報開示を怠り、被害者は、水俣病とは何か、被害者はどのような救済を受けうるのかといった情報を行政から受け取ったことはないとの実態が明らかとなった。そのため、水俣病はいわゆる急性劇症の患者に限られるのであり、慢性の水俣病患者は水俣病ではないという見方を植え付けることになった。実態調査に応じたかなりの数の患者が最高裁判決が出るまで自分が水俣病であるとは思わなかったと答えており、このことは行政の情報提供がはなはだ不十分であったことを端的に示している。

とりわけ、胎児性世代や小児性世代の患者は生まれたときから感覚障害などの症状を感じても、これが水俣病特有の症状であると自覚することは困難を強いるものである。比較的若い世代の患者が最高裁判決が出るまで、自分が水俣病であるとは思わなかったということを実態調査の中でも答えており、水俣病の実態が明らかにされないまま現在まで放置されたことによる弊害は著しい。

まして、国や熊本県は水俣病に関する法的責任が確定しているのであり、かかる法的責任を尽くすためには単に賠償責任を負うだけではなく、水俣病の被害の全容解明のために、不知火海沿岸全域の健康調査に直ちに取り組むべきであろう。

今回の実態調査においても多くの患者が今からでも不知火海沿岸全域の健康調査の実施の必要性について回答しており、国や熊本県はこのような水俣病患者の声に真摯に耳を傾けるべきであろう。

水俣病の被害の実態を把握するためにはその規模からして国、熊本県ら水俣病の救済について法的責任を負う国、熊本県らでなければ実際上は不可能であるし、国、熊本県にはこのような調査を行うべき責任がある。また関西訴訟最高裁判決で熊本県に認められた法的責任論については鹿児島県についても同様に認められるところ、鹿児島県も、国、熊本県とともに調査を行うべき責任がある。

3 しかしながら、国も熊本県も関西訴訟判決で確定した法的責任を尽くそうとしないばかりか、さらに責任回避の姿勢に終始していると言わざるを得ないものである。その結果、国や熊本県としての救済施策としては、与党プロジェクトチーム(与党PT)に全面的に依存した状態となっている。

与党PTの救済策は国、県の法的責任をあいまいにしたまま、低額の補償金を給付することによって水俣病問題を収束しようとするものである。しかも、救済の範囲は四肢末端優位の感覚障害を有する者に限られており、与党PTが行った調査では患者の半分以上が切り捨てられるという数字となっているが、胎児性・小児性患者については四肢末梢優位の感覚障害がないとの症例の報告もあるし、感覚障害の測定方法にも疑問の挟む余地があるところであって、すべての水俣病の患者を症状に応じて救済するという本来あるべきものとは、ほど遠い状況にある。

そればかりか、被害者救済を置き去りにしたまま、加害企業チッソの分社化の議論が持ち上がるなど、与党PTの救済策についての賛否を巡っての混乱に乗じて加害企業擁護とも取れる案が出てくるなど水俣病の問題はますます混迷の度合いを深めている。

4 以上のような混乱の最も大きな原因の一つは、公健法上の水俣病という行政認定の方法が現在の水俣病の被害者の被害実態に合っておらず、水俣病の認定審査基準がすべての水俣病の患者を救済するという基準たりえないことがあげられる。

すでに基準として機能していない現行の認定審査基準を改めて、新たな救済の基準を設けることが要求されている。

また、これまで国も、熊本県も水俣病の実態を把握するための不知火海沿岸全域に亘る健康調査を実施してこなかった。また、水俣病認定審査会に関わる医学者もどのような症状を備えれば水俣病と言えるのか、といった議論に終始し、症状の組み合わせを要求して水俣病の認定患者の範囲を厳しく限定し、水俣病の患者を切り捨ててきた。水俣病の実態がどのようなものであるのかについて調査、研究を怠ってきたものである。そのため、水俣病が公式発見されてすでに52年にもなるのに、水俣病患者の実態はいまなお未解明である。

とりわけ、前述のとおり、胎児性世代、小児性世代と言われる比較的若い患者には明らかに有機水銀の影響を受けていると言えるにも関わらず、四肢末端の感覚障害の有無だけでは判断できない患者も多数存在している。

水俣病の被害の実態を把握してすべての水俣病の患者を救済するためには今からでも不知火海沿岸の健康調査を実施する必要があるし、かかる調査の実施によって水俣病の全容解明が可能になるものである。

5 環境省は水俣病の判断条件とされる昭和52年の事務次官通知に固執し、司法と行政は別であるとか、最高裁判決は認定審査基準を否定していないなど詭弁を弄して水俣病の認定審査基準を見直そうとしない。

しかしながら、もはや認定審査基準が、その基準としての機能を喪失していることは認定審査会自体機能不全に陥っていることからしても明らかである。現在の認定審査基準は実態に合っておらず、かかる基準は改定されるべきである。そして、そのためにも不知火海沿岸全域の健康調査を実施して被害の全容解明に努め、被害の実態にあった新たな救済システムを制度として構築する必要がある。

そして、その救済システムは現在与党PTが唱えているような時間限定的な1回的なものではなく、恒久的な救済制度である必要があるのである。

6 水俣病問題は、被害者の生命健康を侵害した人権問題である。水俣病が公式に発見されてからすでに52年を超え、被害者が高齢化していっている。最高裁判決からも4年経過し、当連合会の警告及び九弁連大会決議からも1年間経過している。しかしながらこの間、国(環境省)、与党PTをはじめとする立法府、熊本県、鹿児島県いずれも被害者救済の具体的施策をとることなく、被害者救済は置き去りにされたままである。最高裁判決によって司法判断が確定しているにもかかわらず、被害者を放置し、人権侵害状態を継続していることは極めて遺憾である。一日いちにちの経過が被害者に対して人権侵害状態を強いているものにほかならず、一刻も早い被害者救済が必要とされている。

したがって、昨年度も抜本的救済を求める決議を行ったところであるが、この一年もまた人権侵害状態が放置され続けたという人権問題を看過することはできないため、再度、本決議を行うものである。

以上