佐賀県警察科学捜査研究所技術職員によるDNA型鑑定での不正行為の非難及び第三者機関による調査等を求める理事長声明
本年(2025年)9月8日、佐賀県警察(以下、「佐賀県警」という。)は記者会見において、佐賀県警の科学捜査研究所(以下、「科捜研」という。)に所属する技術職員が、7年余りにわたりDNA型鑑定につき、実際は行っていない鑑定を行ったように装う等虚偽内容の書類を作成する等の不正行為(以下、「本件不正行為」という。)を繰り返していたことを公表した。
佐賀県警の記者会見での説明によると、本件不正行為は130件確認され、うち16件の鑑定結果は、証拠として佐賀地方検察庁に送られていたとのことである。
我が国の刑事手続は、憲法31条で適正手続が定められた上で、刑事訴訟法においては、裁判が、関連性のある証拠に基づいて行わなければならない(証拠裁判主義。刑事訴訟法317条)とし、虚偽証拠による裁判は、それ自体が再審事由となること(刑事訴訟法435条1号)を定めている。憲法、刑事訴訟法の条文、趣旨及び構造を踏まえると、虚偽証拠の作出は、当該証拠の捜査や公判への影響の有無や程度を問わず到底許されるものではない。現に、今回のDNA型鑑定に関する虚偽報告書の作成は、虚偽公文書作成罪(刑法156条)、証拠偽造罪(刑法104条)などの犯罪に該当するものである。
特に昨今、DNA型鑑定などの科学鑑定の結果は、「客観的証拠」として、捜査や公判の帰趨を決していることも多い。現に後にえん罪であることが明らかになった事件でも、DNA型鑑定がほぼ唯一の証拠として、被告人が有罪となった事案もある(鹿児島地方裁判所平成26年(2014年)2月24日判決。その後、福岡高等裁判所宮崎支部平成28年(2016年)1月12日が逆転無罪判決をして確定。)。
そのことからすれば、DNA型鑑定などの科学鑑定が、虚偽であったことは、捜査や公判などの刑事司法手続を歪めるものであって、到底許されるものではない。それはすなわち、無実の者が、虚偽証拠によって有罪になる危険となる点で被疑者被告人の利益を、有罪の者が、虚偽証拠によって無罪になる危険がある点で、犯罪被害者の利益を害するものである。
以上から、本声明は本件不正行為を厳しく非難すると共に、本件不正行為に関係した者の刑事上、行政上、民事上の責任追及がなされなければならない。
また各種報道によると、佐賀県警は、佐賀県警は本件不正行為につき再鑑定の実施や、佐賀地方検察庁、佐賀地方裁判所の協力を得て調査を行い、本件不正行為すべてにつき、捜査及び公判への影響はなかったと説明している。
しかし、当事者である佐賀県警の内部で実施された調査結果につき、その調査の過程が明らかでないものを、到底認めるわけにはいかない。また、この調査の過程では、各事件の被疑者、被告人及びそれらの弁護人であった者に対する調査は一切なされておらず、被疑者、被告人及びその弁護人であった者のほか、犯罪被害者等の関係者への説明や謝罪もなされていない。このように佐賀県警の内部調査のみによって、問題が無かったと結論付けてはならない。
あわせて佐賀地方検察庁は、単に佐賀県警の調査に協力するだけでなく、警察の捜査をチェックする立場である以上、不正行為を見抜けなかった観点での独自調査が必要である。検察官は、その調査の過程で、再審事由があるものが明らかとなれば、公益の代表者(検察庁法4条)として、再審請求をしなければならない。
また、佐賀地方裁判所においては、佐賀県警の調査に協力しているようであるが、これについても疑問がある。なぜなら、裁判所は、通例、重大誤判が発生したときですら、何らの調査も行わず、また他の機関による調査にも一切協力しないにもかかわらず、今回の佐賀県警の調査には応じているからである。佐賀地方裁判所は、なぜ応じたのか、また応じていた場合、その法的根拠と、どのように応じたのか、また裁判官の独立(憲法76条3項)との関係についても説明される必要がある。
以上を踏まえると、本件不正行為について、捜査機関等の内部調査で決着されるべきものではない。捜査機関から独立した第三者調査機関を設置し、本件不正行為の詳細な事実関係、背景、捜査公判の帰趨に本当に影響がなかったか、また7年余りもの間、本件不正行為が看過されてきたことなど、について徹底した調査が行われる必要がある。あわせて、不正が行われた(現時点で判明している)130件の不正鑑定(「本件不正行為」)について、の捜査公判への影響の有無を明らかにし、再発防止のための具体的方策が提言されなければならない。その過程では、単に捜査機関、裁判所のみならず、被疑者、被告人及び弁護人であった者、そして犯罪被害者への聞き取りも行わなければならない。第三者機関については、政府によるものではなく、国会が設置する独立した調査機関、例えば福島原子力発電所事故のときに国会に設置された、「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」の形が参考に値する。
最後に、佐賀県警以外の捜査機関においても、本件不正行為のような問題が起きていないか確認される必要がある。また、本件不正行為のような事態が起きたのは、我が国において、科学捜査における鑑定部門が、警察組織から独立しておらず、鑑定のルールの詳細が、法定されていない点にもある。したがって、本声明は、本件不正行為を踏まえ、鑑定機関の独立、鑑定に使用した鑑定試料の保存義務を課すなどして、鑑定の信頼を高め、また、鑑定の結果や過程が事後検証できる仕組みを策定することもあわせて求める。
2025年(令和7年)9月17日
九州弁護士会連合会
理事長 近藤 日出夫