地方の法科大学院の存続及び充実を求める決議
文部科学省(以下「文科省」という。)は,中央教育審議会法科大学院特別委員会の報告を受けて,地方ないし小規模の法科大学院に対し,入学定員の大幅削減等を強く求め,その結果,九州7法科大学院の平成22年度の入学定員は,前年度の310人から234人へと約25%もの大幅削減となり,とりわけ定員30人の小規模法科大学院3校の定員は1校15人ないし22人へと, 単独での存続が危ぶまれるまでに削減を余儀なくされた。
他方,首都圏の私立大規模法科大学院を中心に相当数の法科大学院が削減をせず, その結果, 全国法科大学院の総入学定員数の約半数を首都圏の法科大学院が占めるという事態も生じている。法科大学院が大都市に集中し,地方では減少又は消滅することになれば,経済的余裕のない地方在住者は法科大学院に進学することを事実上断念しなければならなくなり,社会のあらゆる階層・分野から有為で多様な人材を得るという,法曹の多様性確保の理念に反することとなる。
また,医学部の例を引くまでもなく,全国適正配置によって地方に法科大学院が存在することは,地域に根ざした法曹が養成されるとともに,地域の法曹に対する専門教育・継続教育も可能となり,地域における司法の充実・発展にとって極めて重要な意義があるのに, この全国適正配置の理念に逆行することになる。
したがって,文科省による, すべての国立大学の定員一律削減と小規模校の統合に向けた指導は,法曹の多様性確保や全国適正配置の理念に反し,地方の法科大学院の存在意義を不当に軽視するものと言わざるを得ない。
そこで,当連合会及び単位弁護士会は,九州各地で質量ともに十分な法曹を養成していくため,九州7法科大学院の教育体制の充実及び教育の改善のために積極的な協力及び支援をすることを確認するとともに,政府・文科省その他関係諸機関に対し,法曹の多様性確保や全国適正配置の理念に基づき, 地方の小規模法科大学院の存続と充実を図るべく,以下の方策をとることを強く要望する。
- 法科大学院学生の入学定員については,大都市圏の大規模法科大学院の入学定員の大幅削減を先行して強く推進すべきであり, そのために,法科大学院の最大入学定員を150名と定めた韓国の如く定員上限を定めるなどの措置を講じること
- 大都市圏の大規模法科大学院の入学定員の大幅削減が実現すれば,これに伴い, 地方ないし小規模法科大学院が抱える質の高い教員や入学者の確保の問題は緩和されると考えられるので,その成果が現れるまでの当面の間,地方の小規模法科大学院に対し,これ以上の無理な定員削減や統合を求めないこと
- 新司法試験の合格率の問題は,大都市圏の大規模法科大学院の定員削減に伴い地方ないし小規模法科大学院の教育の質の向上や入学者の確保の問題が緩和され, 既修者と未修者との合格率に大きな差をもたらしている短答式試験等が改善されれば,合格率の大幅な改善が見込まれると考えられるので,法科大学院の予備校化を招かないためにも,合格率を, 直ちに定員削減等の独立の考慮要素とはしないこと
- 法科大学院教育の質を向上させるためには,教員体制の維持・充実が必要不可欠であるから,平成22年度以降も,地方の小規模法科大学院が少なくとも従来の教員体制を維持するのに十分な予算措置を講じること
- 当面の定員削減に至った問題点を解消した地方の法科大学院には入学定員増員を認めるなど, 地方の法科大学院の充実を積極的に支援すること
2009年(平成21)年10月23日
九州弁護士会連合会
提案理由
1 地方の法科大学院の存続及び充実の必要性
(1) 法の支配を我が国の血肉とすることが司法制度改革の目的であり,その担い手である法曹の質及び量を大幅に拡充するため,新しい法曹養成制度の中核として法科大学院制度が創設された。
(2) 司法制度改革審議会意見書(平成13年6月12日)は,法科大学院制度の理念として,地域を考慮した全国的な適正配置(法科大学院の全国適正配置)及び入学者選抜において多様性を確保すること(法曹の多様性確保)を求めている。地域に根ざした法曹養成がなされることや社会のあらゆる階層・分野から有為で多様な人材に法曹になってもらうことが,法の支配を我が国の血肉として社会の隅々にまであまねく行き渡らせるために必要な前提条件となるからである。
また,医学部が定員100名程度の少人数教育の規模で全国各地に配置され,地域における医療の充実・発展に貢献しているように,健全な地方の法科大学院の存在は,地域における司法の充実・発展にとって極めて重要な意義がある。すなわち,地域に根ざした法曹が養成されることに加え,法科大学院教育の成果が地域の実務にフィードバックされることによって地域の実務が充実・発展すること,法科大学院の教員が専門性の高い分野に関し弁護士研修の講師をしたり,また,実務法曹がその地域の法科大学院で専門教育や再教育を受けることが可能になることなど,健全な地方の法科大学院の存在によって,その地域における司法の充実・発展がもたらされるのである。
(3) 実際,九州地域においても,経済的な事情や家庭・仕事の事情等から大都市圏の法科大学院に進学できない者が,地元の法科大学院に進学して法曹を目指している例は多い。また,新司法試験合格後に教育を受けた法科大学院のある地域において弁護士となった例も少なくない(例えば,琉球大学法科大学院の1期生のうち平成19年度の新司法試験に合格した7名が既に法曹として活動を始めているが,7名中4名は沖縄弁護士会に登録して弁護士活動を行っている。)。さらに,法科大学院の教員がその専門分野につき地元弁護士会の研修の講師をするなど地域の法曹教育に貢献している例も少なくない。このように,九州地域の法科大学院の存在が,九州地域における社会生活上の医師としての弁護士の確保,あるいは法の支配の充実・発展に貢献し始めている実績が存在する。
(4) したがって,法の支配を地域の隅々にまで実現するため,法科大学院の全国適正配置及び入学者の多様性確保の理念が軽視されることがあってはならず,医学部の例のように,地方の法科大学院の充実・発展を図るような方策がとられるべきである。
2 法科大学院の定員削減問題に関する文科省の対応の問題点
(1) 法科大学院については,発足後いくつかの歪みが生じているが,その最大の原因は,適正規模を大きく超えた数の法科大学院の設置が認められ,その総定員数が適正規模を大きく上回っていることにある。質の高い教員の確保や質の高い入学者の確保に問題が生じているのは,それぞれ質の高い教員数や質の高い入学者数には限りがあるのに,適正規模を大きく超えた法科大学院が存在することによって,これを奪い合う構造になっているからである。また,法科大学院修了者(特に未修者)の多くが司法試験に合格しない状況についても,法科大学院の総定員数が当初の想定を大きく上回ったことによって,当初7~8割と想定されていた新司法試験の合格率がこれを大きく下回っていることの他,例外のはずの法学既修者制度が原則化し,新司法試験も特に短答式試験において法学既修者に有利に働いていることなども原因となっている。
かかる歪みを解消し,社会のあらゆる階層・分野から有為で多様な人材に法曹を目指してもらうためにも,法科大学院の総定員の大幅削減等の構造改革が必要不可欠であるといえる。
(2) しかるに,中央教育審議会法科大学院特別委員会は,法科大学院教育の質の向上に関する中間まとめ(平成20年9月30日)や報告(平成21年4月17日)において,法科大学院の定員削減の問題に関し,専ら法科大学院教育の質の向上という観点から,(1)質の高い教員を確保することが困難,(2)質の高い入学者を確保することが困難,(3)修了者の多くが司法試験に合格しない状況が継続しているような状況が見られる法科大学院につき,定員を削減するよう求め,特に小規模の法科大学院や地方の法科大学院において,質の高い教員の確保などを問題にして他の法科大学院との統合等を検討するように求めている(以下,これらの方策を「中教審方策」という。)。
(3) しかし,これは,法科大学院の定員削減の問題が,各法科大学院の努力不足に帰することのできない上記2(1)のような構造的・外在的な問題にも起因していること,よって,その抜本的解決のためには構造改革も必要であるということから目をそらし,この問題を自由競争の中での各法科大学院個々の問題に矮小化するもので,妥当でない。
そして,文科省が,かかる中教審方策を受け,地方ないし小規模の法科大学院を主な対象とした強引な指導を行った結果,地方の小規模法科大学院が定員の大幅削減を余儀なくされた上,さらに,今年度の新司法試験の結果を受け,地方の小規模法科大学院の統廃合に向けた働きかけが始まっている。かかる現状は,司法制度改革の理念に反した改悪が進行していると言わざるを得ない。
確かに,中教審方策も,一応,全国適正配置にも配慮する必要があるとは指摘しており,入学者の多様性確保の必要性も指摘してはいる。しかし,そこで示された上記基準を法科大学院間の自由競争に委ねれば,質の高い教員や質の高い入学者の獲得につき大都市圏の大規模法科大学院が優位に立ち,引き抜きの連鎖等により,最終的には地方の小規模法科大学院の質の高い教員が引き抜かれ,さらに,質の高い入学者も確保できず,結局は,地方の小規模法科大学院が上記基準にあてはまることになるのは明らかなのである。にもかかわらず,これを,自由競争における各法科大学院の努力不足の問題として処理するのは,司法制度改革の理念を忘れ,地方の切り捨てによって辻褄合わせをしようとする不当な施策と言わざるを得ない。
(4) 実際のデータに照らしても,平成22年度の入学定員は,全体としては前年比で約15%の削減となる見込みであるが,例えば,九州7法科大学院の定員は,文科省の強い働きかけにより,前年度の310人から234人へと約25%もの大幅削減となっている(九州7法科大学院全体の定員数が首都圏の大規模法科大学院1校の定員数よりも少なくなった)。とりわけ,定員30人の最小規模法科大学院3校の定員が,15人ないし22人へと単独での存続が危ぶまれるまでに削減を余儀なくされた。他方,首都圏の私立大規模法科大学院を中心に相当数の法科大学院が削減をせず,その結果,全国の法科大学院の総入学定員数の約半数を首都圏の法科大学院が占めるという事態も生じている。
このように,法科大学院が大都市に集中し,地方では減少・消滅することになる事態は,経済的余裕のない地方在住者が法科大学院に進学することを事実上断念させることになるし,地方の法の支配の充実・発展の妨げにもなるのであるから,制度の理念に照らし,かかる事態の進行を食い止める必要がある。
3 地方の法科大学院の存在意義を十分に配慮したあるべき改善方策
(1) 法曹の多様性確保・法科大学院の全国適正配置の理念は,司法制度改革の目的から導かれる本質的な要請であるから,地方の法科大学院や特徴ある小規模法科大学院(例えば,法学未修者コースのみで,多様な人材を入学させている法科大学院など)の充実こそが必要であり,安易に削減・統合を求めてはならない。また,社会生活上の医師である法曹の公共性に照らせば,法曹養成において自由競争を重視すべきではなく,医学部のように,法科大学院の全国適正配置・地方の法科大学院の充実を実現する政策がとられるべきである。
(2) そもそも法科大学院の定員削減の問題は,適正規模を大きく超えた数・定員数の法科大学院の設置が認められたことに起因するものであったから,まずは,その構造的・外在的な要因を除去又は減少させるために効果的な措置が行われなければならない。
そこで,大量の司法試験不合格者を減らすという観点からすれば,大量の不合格者の多くは,むしろ大都市圏の大規模校から生み出されているのであるから(不合格率という観点でなく不合格者数という観点からすれば,地方の小規模校の不合格者数より大規模校の不合格者の方が圧倒的に多い。),地方の小規模校よりも大都市圏の大規模校の大幅削減を実施する方がより効果的である。
さらに,大都市圏の大規模校等の定員の大幅削減が実現すれば,質の高い教員や質の高い入学者の大都市圏への一極集中・偏在の状態が解消ないし減少し,これに伴って,地方の小規模校の抱える質の高い教員ないし入学者の確保という問題も緩和され,新司法試験の合格率も向上することが予想される。
そうだとすれば,法科大学院全体の入学定員大幅削減の要請は,例えば,韓国で採用されたような法科大学院の最大入学定員の定めをすることなどにより,まず大都市圏の大規模法科大学院の入学定員の大幅削減を先行させることによって実現すべきであり,政府・文科省その他関係諸機関はそのために必要な措置を講ずるべきである。
(3) かかる大都市圏の大規模法科大学院の入学定員の大幅削減が実現すれば,必然的に,地方ないし小規模法科大学院が抱える質の高い教員や入学者の確保の問題は緩和されるのであるから,その成果が現れるまでの当面の間,地方の法科大学院に対し,これ以上の定員削減や統合等を求めるべきではない。
(4) さらに,新司法試験の合格率の問題は,上記(2)及び(3)記載の定員の削減及びこれに伴う教育の質の向上や,既修者と未修者との合格率に大きな差をもたらしている短答式試験等の改善によって,大幅な改善が見込まれるのであるから,法科大学院の予備校化を招かないためにも,合格率を,直ちに定員削減等の独立した考慮要素とすべきではない。特に,制度的に未修者に不利な試験制度になっている現状の改善をしないまま,未修者の割合が多く,入学者の多様性確保にも貢献している地方の小規模法科大学院の合格率の低さを問題にして削減・統合の対象にするのは,制度の理念に反する対応と言わざるを得ない。
(5) また,法科大学院教育の質を向上させるためには,教員体制の維持・充実が必要不可欠であるから,平成22年度から実施される入学定員削減後も,地方の小規模法科大学院が少なくとも従来の教員体制を維持するに十分な予算措置を講じる必要がある。
(6) その他,定員削減に至った問題点を解消した地方の法科大学院の入学定員増員を認めるなど地方の法科大学院の充実を積極的に支援すべきである。
4 結 語
当連合会及び単位弁護士会は,法科大学院の定員削減の問題につき,制度の理念に反するような改悪が進行していることを見過ごすことは出来ず,九州7法科大学院の教育体制の充実・教育の改善等に必要な協力・支援を惜しまないこと,引き続き九州各地で質量ともに十分な法曹を養成していくことをあらためて確認した上で,政府・文科省その他関係諸機関に対し,地方の法科大学院の存続及び充実につき十分に配慮することを強く求め,決議する。
以上