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水俣病問題についての抜本的な解決を求める決議

水俣病は公式発見からすでに51年を経過した。

これまでに多数の被害者はこの解決をめざして訴訟や交渉を通じた不断の努力を続けてきた。1995(平成7)年にはいわゆる政治解決により広範囲な被害者の救済が図られ、水俣病問題は解決したかに見えた。ところが、2004(平成16)年、一部継続されていた訴訟について、チッソ株式会社のみならず国、熊本県の責任を認めた最高裁判決が出され、水俣病認定申請者の数は増大し、新たな訴訟が提起されるなど、未だ多くの患者が未解決の状態に置かれ、身体的、精神的、経済的苦痛を強いられている現状が明らかになった。

この解決を図るために最も重要なことは、被害の全体を把握するための行政による不知火海沿岸全域を対象とした健康調査であるが、これは今もって実施されていない。現在与党プロジェクトチームによる解決案が検討されているが、その内容は極めて限定的で不十分なものであるといわざるを得ない。

九州弁護士会連合会は、最高裁判決により司法判断が確定したにもかかわらず、水俣病患者の救済がなお放置されたままであることは、水俣病患者に対する重大な人権侵害であるとして、国、熊本県、鹿児島県、チッソ株式会社に対して本年2月に警告を出した。また6月16日には「水俣病を考えるシンポジウム」を行い、国、熊本県、鹿児島県がこれまで行ってきた認定の判断基準の誤りを確認した。さらに、7月14日には、現在検討がすすめられている与党プロジェクトチームの解決案中間案についてその不十分性を指摘する理事長声明を発した。

当連合会は、重ねて、国、熊本県、鹿児島県に対し、早急に不知火海沿岸全域における健康調査を実施し、かつ、以下の点を考慮した水俣病についての抜本的な解決策を策定し実施することを強く求める。

(1)従来の判断基準を改め、症状の軽重を問わず、すべての被害者を救済すること。

(2)補償の内容は少なくとも2004(平成16)年最高裁判決の内容を下回ってはならないこと。

(3)恒久対策としての医療費、療養費等の支給、さらには、水俣病に関する医療専門家の育成や医療の充実、介護・自立支援等の福祉施策の充実等を解決策に盛り込むこと。

(4)解決にあたっては、国、熊本県も経済的負担を負うこと。

(5)解決策は時限的なものではなく、恒久的な救済施策とすること。
以上のとおり、決議する。

2007年(平成19)年10月26日

九州弁護士会連合会

提案理由

1 51年前に水俣病が公式発見された以降、多数の水俣病の被害者である患者は永年に亘り大変な労力と時間を使って、チッソや、国、熊本県に対してその責任を追及し、またその被害の実態に応じた補償を求めてきた。

現在の「公害健康被害の補償等に関する法律」(公健法)上の水俣病の認定基準は1977(昭和52)年の環境庁企画調整局環境保健部長による「後天性水俣病の判断基準について」(以下これを「昭和52年判断基準」という)によるものであり、厳格な審査基準を設けて大量の患者を切り捨ててきた。このようにして切り捨てられた患者は、訴訟を通じてあるいはチッソとの直接交渉を通じて、チッソはもとより、国や熊本県の責任を追及し大量の切り捨て政策の転換を求めて様々な活動を展開してきた。このような経過を経て1995(平成7)年には政治解決がなされ、未認定患者に対しては一定の補償金を支払い、又総合対策医療事業としての医療費や医療手当等の支払がなされるようになった。水俣病はこの政治解決によって「終了した」というのが大方の認識であった。しかしながら、当時訴訟をしていた患者団体のうち関西訴訟の原告だけは、政治解決を拒否して、訴訟を継続した。そして、その後2004(平成16)年10月、最高裁判所は、公健法上の未認定患者に対しても国及び熊本県の損害賠償責任を認め、司法判断が確定した。

この関西訴訟最高裁判決以降、水俣病の認定申請をする者が急増し、認定申請者数は熊本県と鹿児島県を合わせると5000人を超えるに至っている。

また、未認定患者のうち裁判所に損害賠償を求めて提訴する者が続出し、現在まで1300名を超える水俣病患者が提訴に及んでいる。

他方、関西訴訟最高裁判決後認定審査会が全く開催できない状況が2年以上も続いた。熊本県ではその後かろうじて再開することになったが、鹿児島県では現在に至るも審査会は開催されていない。

認定審査会自体実際には機能不全に陥っており、本来果たすべき役割すら期待できず空洞化しており、その存続が危ぶまれているといっても過言ではない。

環境省は、最高裁判決によって国の認定審査会基準について司法判断が下され、且つ確定しているにも関わらず、あくまで国の認定基準に固執し、司法と行政とは別であるとか、あるいは最高裁判決は昭和52年判断条件を否定していないとかその場限りの詭弁を労し、司法判断を無視して自らの水俣病に関する政策の誤りを認めないばかりか、その是正をしようとしない。

2 チッソが垂れ流した有機水銀を含む廃液は、水俣湾沿岸についてのみならず、不知火海沿岸全域についてまで拡大し、広範かつ深刻な水俣病の被害をもたらしたことは歴史的事実である。

国や熊本県は水俣病の被害がこれだけ拡大して深刻な被害を生じさせたのであるから、当時水俣病の被害の実態を究明するために不知火海沿岸全域についての健康調査を実施して真相究明のための努力をすべきであった。

ところが、国や熊本県はかかる健康調査を怠り、そのために現在に至るも水俣病の実態が究明出来ないでいる。

この間、多くの水俣病患者が、未解決のまま放置され、今もなお身体的、精神的、経済的苦痛にさらされ続けている。

関西訴訟最高裁判決によって国及び熊本県の法的責任が確定した以上、国及び熊本県はすべての水俣病患者についての救済を図るために、今からでも不知火海沿岸全域に亘っての健康調査を行い、水俣病の全容解明のための努力をなすべきなのである。

また、水俣病は高齢化により自覚症状が発現する場合もあることが報告されており、住民の健康調査は1回で終了すべきでなく、定期的かつ継続的に行われなければならない。

さらに、水俣病の被害の広範さ、各患者の医療、介護、生活自立の困難さに鑑みれば、被害者の救済においては、医療費や療養費等の支給、さらには、水俣病に関する医療専門家の育成や医療の充実、介護・自立支援等の福祉施策の充実等、行政による特別な施策が必要なことも明らかである。

これらの健康調査や福祉・医療等の充実などの特別な施策については、国及び熊本県の経済的負担となるものであるが、これは、国及び熊本県には水俣病を拡大させたという先行行為があり、そのことに法的責任を負うべきものである以上、国及び熊本県は、その結果としての被害を受けた水俣病患者に対しては、その健康を保持する権利に対応し、水俣病の被害実態を明らかにし、適正な医療を施す責務を負うべきであるからである。従って、上記の福祉施策等については、金銭賠償とは別に、独立してその利益が与えられなければならない。

3 国及び熊本県は水俣病の被害者を救済すべき責任があるにも関わらず、与党プロジェクトチームに丸投げして、その解決すべき責任を回避している。

他方、与党プロジェクトチームの解決策はその内容を見ると、関西訴訟最高裁判決が示した国、県の責任論や昭和52年の判断条件を否定した病像論を全くふまえていない、はなはだ行政側に都合のよい不十分な解決策であり、到底「最終的かつ全面的解決」にはなり得ないものである。

関西訴訟最高裁判決は水俣病は大脳皮質損傷による中枢神経障害であるという判断をしており、水俣病が末梢神経障害であるという国の主張は排斥されている。にも関わらず今回の解決策は末梢神経障害を前提にして四肢末梢優位の感覚障害の有無があるかどうかだけを拾い上げて救済対象者の範囲を絞っており、病像論においても関西訴訟最高裁判決を踏まえていない。

のみならず、一時金の金額が1995(平成7)年の時の政治解決のときよりもさらに低額であり、被害の実態に合っていない。加えて、1995(平成7)年の政治解決時で分けて、救済額をさらに減額するというものであり、患者に対する分断化と差別化を図るものである。

今回の解決策は国、県の責任が明確でない。というより国は意図的に責任を回避している。又汚染者負担の原則が直接的には責任を負担しないことの口実にされている。

又今回の救済策は、政治解決策である以上時期を限定した一時的な救済策であり、恒久的な救済システムではない。健康調査が不十分な状態での一時的な施策によっては1995(平成7)年時の政治解決において多数の患者が救済から漏れたのと同じ問題を将来的に発生させることにもなりかねない。

その意味においても、恒久的な救済システムの確立は必須である。

4 九州弁護士会連合会は2007(平成19)年2月、チッソ、国、熊本県、及び鹿児島県に対して、最高裁判決によって法的責任が確定したにもかかわらず、現在まで水俣病の未認定患者の救済を放置しているのは重大な人権侵害であるとして警告書を出した。さらにこのような警告書を踏まえて、同年6月16日には熊本市内において「水俣病を考えるシンポジウム」を開催し、現行の認定審査会の基準の誤りを確認するとともに未認定患者に対してその症状の程度に応じた補償をなすべく、恒久的な救済システムの確立をなす必要があるということを宣言した。さらに、同年7月14日には、同月3日に発表された与党プロジェクトチームの中間案に対し、救済策としては極めて不十分なものであると指摘する理事長声明を発表した。

水俣病は終わっていないばかりか、未認定患者に対する補償と救済システムの確立 は今早急に求められる重大な現実的課題であると言わなければならない。

5 以上を踏まえ、水俣病の抜本的な解決を図るためには、その解決策に以下のことが盛り込まれることが必要である。

(1)水俣病の認定にあたっては、従来の「昭和52年判断条件」を改定し、症状の軽重を問わず、すべての水俣病患者が救済されなければならない。

(2)水俣病患者に対する補償については、少なくとも2004(平成16)年の最高裁判決を踏まえてその補償額を下回るようなものであってはならない。

(3)水俣病の解決にあたっては、医療費や療養費を支給する等の恒久対策が必要であり、また水俣病に関する医療専門家の育成や医療の充実、介護・自立支援等の福祉施策の充実等も考えられなければならない。

(4)2004(平成16)年の最高裁判決が国、熊本県の法的責任を認めたことを踏まえ、国及び熊本県も解決に必要な費用について負担しなければならない。

(5)解決策は、時限的な救済策であってはならず、恒久的な救済施策としなければならない。

当連合会は、国、熊本県、鹿児島県が、以上のことを踏まえて、早急に抜本的な解決案を策定することを強く求めるものである。

以上