九州弁護士会連合会TOP > 宣言・決議・声明・警告・勧告 > ハンセン病「特別法廷」と司法の責任に関する決議

ハンセン病「特別法廷」と司法の責任に関する決議

我が国において90年の長きにわたり続いた強制隔離政策によって、ハンセン病患者・元患者は、差別・偏見を受け、人としての尊厳・基本的人権が冒されてきたが、司法においても、ハンセン病療養所入所者に対する裁判をハンセン病療養所や刑事収容施設に設置した「特別法廷」(隔離法廷)で行うという極めて差別的な取扱いが続けられた。特に冤罪を訴えながら死刑判決を受け、再審請求棄却直後に死刑を執行された「菊池事件」は「特別法廷」問題の重大性を最も象徴する事件である。

1996年、「らい予防法」は廃止された。2001年、その「らい予防法」による強制隔離政策を違憲とする判決が下され、政府はハンセン病患者・元患者に謝罪して控訴を断念し、国会は謝罪の決議をした。2005年、「ハンセン病問題に関する検証会議」最終報告書では「特別法廷」の違憲性が指摘された。しかし、司法は、「特別法廷」の検証に着手せず、その責任を明らかにしてこなかった。

2013年、全国ハンセン病療養所入所者協議会等が、最高裁判所に対し、「特別法廷」設置の検証を求める要請をしたため、最高裁判所事務総局は、2014年に調査委員会を設置し、2016年4月には調査報告書を公表して、同報告書において、「特別法廷」の指定は、合理性を欠く差別的取扱いであったことが疑われるとし、ハンセン病患者に対する偏見・差別を助長し、ハンセン病患者の人格と尊厳を傷つけたことを謝罪した。

最高裁判所が、過去の司法行政事務を調査・検証し、自らの過ちを認めて謝罪したことは極めて画期的であり、評価できる。しかし、1960年前の判断をせず、「特別法廷」の違憲性を認めていない点で、差別の本質に関する問題意識が不十分と言わざるを得ない。

もとより、「特別法廷」問題は、最高裁判所の司法行政事務の問題に留まらない。「特別法廷」の裁判手続に関わった裁判所、検察庁、弁護士会の法曹三者、ハンセン病患者専用の刑事収容施設(菊池医療刑務支所)を設置して隔離収容し、「特別法廷」に利用してきた法務省等司法関係機関がそれぞれの立場で責任を負っているのであるから、それぞれが「特別法廷」問題について調査・検証を行い、自らの責任を明らかにしなければならない。

以上を踏まえ、ハンセン病を理由とした「特別法廷」に関する司法の責任を明らかにし、ハンセン病患者・元患者及び家族をはじめ被害を受けた全ての方々に対する謝罪・名誉回復、再発防止を講ずるため、当連合会は、以下のとおり決議する。

  1. 最高裁判所に対し、「特別法廷」の実態・本質について徹底したさらなる調査・検証を行い、「特別法廷」の違憲性を明確に認めたうえで、改めてハンセン病患者・元患者及びその家族に謝罪し、名誉回復を図る措置を執るとともに、再発防止策を講じることを求める。加えて、上記調査・検証のために、患者・元患者を含めた第三者機関を設置することを求める。
  2. 検察庁に対し、「特別法廷」の刑事事件はもとより、勾留場所・刑の執行を含めて、上記1同様、調査・検証を行い、謝罪・名誉回復措置及び再発防止策を講じること、とりわけ「特別法廷」における刑事事件の手続・内容を再検証の上、再審請求を含めた被害救済・名誉回復措置を講じることを求める。特に「菊池事件」については、2013年4月30日付「『菊池事件』について検察官による再審請求を求める理事長声明」でも述べたとおり、再審請求を行うことを改めて強く求める。
  3. 法務省に対し、ハンセン病患者・元患者専用の刑事収容施設(未決・既決)であった熊本刑務所菊池医療刑務支所の設置及び刑の執行に関する問題について、上記1同様の調査・検証を行い、謝罪・名誉回復措置及び再発防止策を講じるよう求める。
  4. 財務省・法務省・厚生労働省に対し、「特別法廷」による人権侵害の歴史を後世に残し、再発防止を図るため、「特別法廷」が設置された新・旧菊池医療刑務支所の保存及び復元について必要な措置を執ることを求める。
  5. 当連合会は、司法の一翼を担う立場にありながら、長年にわたり「特別法廷」問題を放置し、何ら具体的な取組みをしてこなかっただけではなく、九州内の多くの弁護士が菊池恵楓園・菊池医療刑務支所に設置された「特別法廷」に関与し、差別的取扱いに加担してきた責任を痛感し、ハンセン病患者・元患者及び家族をはじめ被害を受けた全ての方々に心より深く謝罪する。
    当連合会は、今後も調査と真摯な自己検証を続けるとともに、過去の過ちを正すため、再審支援等に取り組み、二度と同じ過ちを繰り返さないため、当連合会内弁護士に対するハンセン病政策の歴史を踏まえた研修を行うなど、被害救済・名誉回復、再発防止に向けて、最大限の努力をしていくことを決意する。

2016年(平成28年)9月23日

九州弁護士会連合会

提案理由

1 ハンセン病問題についての当連合会の取り組み

当連合会は、1995年9月、ハンセン病療養所入所者から「らい予防法」を放置してきた法曹の責任を問う一通の手紙を受けたことに端を発して、ハンセン病隔離政策の実態調査を開始し、1996年3月、「らい予防法廃止問題に関する見解と提案」を発表して、「らい予防法」の違憲性と国の責任に加え、違憲状態の存続を許した法曹の責任に言及し、ハンセン病患者・元患者が幸福追求権(自己決定権)を自由に行使できるための最大限の生活保障を行うための提案を行った。

1998年7月、「らい予防法」違憲国賠訴訟が提起され、当連合会は、同年10月、「ハンセン病問題についての決議」を採択し、国会に対し法的責任に基づき実態調査、人権回復施策を求めるとともに、当連合会も立法及び司法救済の支援を行う決意を表明した。

2001年5月、上記国賠訴訟で熊本地裁が「らい予防法」による強制隔離政策を違憲とする判決を下し、政府の控訴断念によりこの判決が確定した後の同年10月、当連合会は、「ハンセン病問題の全面的解決を求める決議」を採択し、当連合会が隔離政策による人権侵害を長年見過ごしてきたことについて全ての被害者に謝罪するとともに、国に対し法的責任に基づき原状回復措置として諸問題を解決するよう強く要望した。

しかし、当連合会は、従前、司法手続において、ハンセン病患者・元患者に対する不当な偏見に基づく差別的取扱いが行われてきたことについて調査を行い、その責任を明確にしてきたことはなかった。

2 特別法廷(隔離法廷)の経緯・本質・実態

(1) 特別法廷(隔離法廷)とは

裁判所法69条は、法廷は、裁判所または支部で開き(1項)、例外として、最高裁判所は、必要と認めるときは、他の場所で法廷を開き、又はその指定する他の場所で下級裁判所に法廷を開かせることができる(2項)と定めている。

ところが、ハンセン病療養所入所者を当事者とする裁判は、1948年から1972年まで一律にハンセン病療養所や刑事収容施設で行われてきたため、ハンセン病患者に限った特別の隔離された法廷という意味で、「特別法廷」と呼ばれてきた。

(2) 特別法廷設置の経緯

我が国では、1907年に、ハンセン病患者の強制隔離政策が始まったが、1917年、療養所内の秩序維持のため、療養所長に懲戒検束権が付与され、その後、懲罰の強化を図るため、群馬県草津のハンセン病療養所「栗生楽泉園」に「特別病室」(通称「重監房」)を設置したが、冬は零下20度に達する「重監房」で20名以上の死亡者が出ていたことが、1947年、国会で明らかになった。

そのため、政府は、「重監房」を廃止して、ハンセン病療養所入所者も、裁判所の裁判を受けることにしたが、他方で、裁判所の法廷を使用するのは消毒の問題があるとして、裁判所外に設置した臨時法廷を使用する方針とし(1947年11月13日、衆議院厚生委員会・鈴木司法大臣答弁)、最高裁判所も、1948年以降、下級裁判所からのハンセン病を理由とする裁判所外での開廷の上申を常時認可するようになっていた(1954年3月25日、衆議院法務委員会・最高裁判所磯崎総務課長答弁)。

(3) 強制隔離政策による差別・偏見の作出・助長

ハンセン病患者の裁判が「特別法廷」で行われた根本原因は、ハンセン病と疑われた者を終生隔離し絶滅を待つ「終生絶対隔離絶滅政策」とも言われる激烈な強制隔離政策によって差別・偏見が作出・助長されたことにある。

我が国では、1907年、浮浪患者を対象とした強制隔離政策が始まり、1931年、全ての患者を対象とする旧癩予防法が成立するとともに、地域社会から患者をなくす「無らい県」を達成しようという官民一体の「無らい県運動」が全国で展開され、1949年から「第二次無らい県運動」が実施されるなど、未収容患者の収容徹底が図られた(菊池恵楓園では「千床増床計画」が実施された。)。

戦後、特効薬プロミンの登場により、ハンセン病が全治する病気となり、国際的にも隔離政策の問題性が指摘されていたにもかかわらず、1953年、「らい予防法」が制定されて隔離政策は継続され、これが廃止されたのは1996年のことであった。

以上のとおり、ハンセン病患者・元患者に対しては、90年もの長きにわたり、強制隔離政策が維持された。

このような強制隔離政策の下、ハンセン病が強烈な伝染力を持つ恐ろしい伝染病であり、ことごとく隔離しなければならないとの誤った認識に基づく差別・偏見が作出・助長され、ハンセン病患者・元患者は、差別・偏見を受け、人としての尊厳・基本的人権が冒された。

(4) 司法による差別的取扱い

強制隔離政策により作出・助長された差別・偏見は司法も支配し、最高裁判所は、1948年から1972年まで25年間にわたり、ハンセン病療養所入所者を当事者とする裁判を一律にハンセン病療養所や刑事収容施設に設置した「特別法廷」で裁判を行うという極めて差別的な取扱いを続けてきた。

「らい予防法」は、法令上の根拠により国立療養所外に出頭する必要がある場合、療養所長の許可を得て外出を許すことができると規定していたにも関わらず、最高裁判所は、かかる「らい予防法」の規定を無視して、一律に「特別法廷」を指定してきた。

ハンセン病患者は、司法の場において、司法関係者による根強い差別・偏見の下で、まさに「日本国憲法の枠外」に置かれていた。

(5) 菊池事件について

「特別法廷」は開廷場所のみならず、その実態も極めて異常であった。

1952年、熊本県で発生した殺人事件(菊池事件)では、ハンセン病患者とされた菊池恵楓園入所者が被疑者として逮捕された際、凶器を携帯していなかったのに銃で腕を射抜かれ、菊池恵楓園及び菊池医療刑務支所に設置された「特別法廷」で裁判が行われた際は、法廷には消毒液の臭いが立ちこめ、裁判官・検察官・弁護人はいずれも予防衣と呼ばれる白衣を着用し、長靴を履き、手袋を付けた上で調書や証拠物を火箸等で扱うという極めて屈辱的で非人間的な扱いがなされた。

公判では、被告人が殺人を一貫して否認しているにもかかわらず、第1審の国選弁護人は罪状認否で公訴事実を争わず、検察官提出証拠に全て同意するなど実質的に「弁護」不在であり、それに対して、裁判所による適切な訴訟指揮がなされた形跡もなく、1953年8月、死刑判決が宣告され、控訴・上告も棄却された。

その後、「救う会」が発足し、国民的な再審運動が活発化する中、第3次再審請求が棄却される2日前に死刑執行が法務大臣によって命令され、棄却の翌日である1962年9月14日、即時抗告の機会も与えないまま、福岡刑務所に移送して、同日、死刑を執行するという極めて異常な経過で死刑が執行された。

このように「菊池事件」は、差別・偏見の下で行われた「特別法廷」問題の重大性を最も象徴する事件である。

3 最高裁判所の開廷場所指定に関する調査

(1) 調査に至る経緯

1996年4月、らい予防法が廃止された後、「らい予防法」違憲国賠訴訟が提起され、2001年5月、熊本地方裁判所は「らい予防法」による強制隔離政策を違憲とする判決を下した。これを受けて、政府はハンセン病患者・元患者に謝罪して控訴を断念し、国会も謝罪決議を行った。

また、厚生労働省が設置した「ハンセン病問題に関する検証会議」が2005年3月に公表した最終報告書(「法曹の責任」部分)では、ハンセン病を理由とする出張裁判(裁判所外における開廷場所の指定)について、憲法が定める法の下の平等、裁判を受ける権利、裁判の公開に違反する旨の指摘がなされた。

しかし、司法は、「特別法廷」の検証に着手せず、その責任を明らかにしてこなかった。

菊池事件の死刑執行から50年の節目を迎えた2012年11月、全国ハンセン病療養所入所者協議会、「らい予防法」違憲国賠訴訟全国原告団協議会及び国立療養所菊池恵楓園自治会は、「菊池事件」について検察官による再審請求を行うよう求める要請書を熊本地方検察庁に提出し、当連合会も、2013年4月、「『菊池事件』について検察官による再審請求を求める理事長声明」を公表した。

また、上記3団体が、「特別法廷」の違憲性及び司法の責任を明らかにするため、2013年11月、最高裁判所に対し、「特別法廷」設置について第三者機関の検証を求める要請をしたところ、最高裁判所事務総局は、2014年5月に「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査委員会」を設置して調査を行い、2015年9月には有識者委員会を設置し有識者委員会によるヒアリング・現地訪問等の調査がなされ、2016年4月、有識者委員会意見を添付した最高裁判所事務総局調査報告書(以下「調査報告書」という。)を公表した。

(2) 調査報告書の概要・問題点

調査報告書によれば、ハンセン病を理由とする開廷場所指定の上申は、1948年から1972年まで96件あり、そのうち1件の上申撤回を除き、最高裁判所は95件全てを認可し、不指定事例はなかった(認可率99%)。他方、ハンセン病以外の病気及び老衰を理由とするものは、61件の上申のうち9件の認可(認可率15%)に留まっており、これらの間には歴然とした差異がある。

調査報告書は、1948年2月に最高裁判所裁判官会議からハンセン病を理由とする裁判所外の開廷認可の専決権限が付与された事務総局によってハンセン病の罹患が確認できれば裁判所外の開廷の必要性を認定するという定型的な運用が行われていたとし、ハンセン病を理由とする開廷場所指定の運用について、遅くとも1960年以降は、合理性を欠く差別的取扱いであったことが強く疑われ、裁判所法に違反するもので、一般社会の偏見・差別の助長につながり、ハンセン病患者の人格と尊厳を傷つけたとした上で、反省し、お詫びするとした。

最高裁判所が、過去の司法行政事務を調査・検証し、自らの過ちを認めてこれを詫び、再発防止を誓ったことは、きわめて画期的であり、評価できる。

しかし、有識者委員会意見で指摘されているとおり、調査報告書が、違憲性(平等原則違反・公開原則違反)を認めず、1960年前の判断をしていないことは、司法によるハンセン病患者に対する差別・偏見の根深さ・本質に関する問題意識が不十分との謗りを免れない。

4 平等原則違反、個人の尊厳の侵害

そもそも、ハンセン病は感染し発症するおそれが極めて低く、戦後は、特効薬により全治する病気となり、世界的に隔離政策の問題性が指摘されていたにもかかわらず、最高裁判所がハンセン病という一事で「特別法廷」指定の定型的運用をしていたことは、不当な差別・偏見による、一般市民とは異なる著しく不合理な取扱いであり、憲法上の平等原則違反(平等権侵害)であるから、ハンセン病患者・元患者の基本的人権を侵害したことは明らかである。

また、「菊池事件」における法廷での異様な審理状況が示すように、「特別法廷」では、ハンセン病患者を極めて屈辱的・差別的かつ非人間的に取り扱っており、個人の尊厳が冒涜されていた。

このように「特別法廷」は、ハンセン病患者に対し著しく不合理な差別的取扱いをなすものであり、平等原則(憲法第14条)に違反し、個人の尊厳(憲法第13条)を侵害していたと言わざるを得ない。

5 公開原則違反・適正手続保障違反

調査報告書では、その場所で訴訟手続が行われていることを一般国民が認識可能で、傍聴のために入室可能な場所であれば、憲法上の公開原則を満たすとし、ハンセン病療養所・刑事収容施設では、裁判所の掲示場及び開廷場所の正門等において告示を行っていたことが推認され、傍聴を拒否したに等しい事情は見あたらないとして、公開原則に反しないと結論づけた。

これに対し、有識者委員会意見は、激しい隔離・差別の場であるハンセン病療養所内に設けられた法廷に一般の人々は近づき難く、平等原則違反の隔離・収容の場で行われたとして、公開原則違反の疑いはなおぬぐいきれないと批判したが、調査報告書では、訪問が事実上不可能な場所とまでは断じ難いとして、有識者委員会意見を否定した。

しかし、調査報告書では、公開原則の意義・重要性が軽視されている。

裁判の公開は、裁判を公正ならしめる必要不可欠の要請であり、裁判に対する国民の信頼を確保するうえで根本となる原則である。また、公開裁判には、被告人の権利の保障という意義がある。裁判の公開は、直接的な民主的基盤を有しない司法権の正当性を基礎づける必要不可欠の根本的な憲法上の原則であり、刑事被告人に保障された制度である。

そうすると、掲示等によって傍聴を許し、一般国民がその場所を訪問することが可能という手続的・形式的な理由のみでは、裁判の公開原則が満たされたとは到底言えない。公開原則に適合するというためには、他の一般の裁判と同程度に実質的に公開されていたと言えることが必要である。

「らい予防法」上、ハンセン病患者(疑いを含む。)は、一般社会から隔離され、その使用した物件は消毒されるべき存在と規定され、ハンセン病療養所は、遠隔地・僻地・離島に存在し、裁判傍聴を希望する一般人の訪問は現実には極めて困難であるうえ、強制隔離政策・「無らい県運動」によって作出・助長されたハンセン病患者に対する極めて強い差別・偏見の下で、ハンセン病が強烈な伝染性を有する恐ろしい病気であるという強い差別・偏見が一般社会に蔓延していた状況では、一般人の認識としても、そこに近づくことさえためらわれる場所であり、まして、その中の法廷内に立ち入ることは心理的に極めて困難であったといえ、具体的・現実的な傍聴可能性はなかったと言わざるを得ない。掲示等によって傍聴を許していたというのは、あくまで裁判所側の論理であって、一般市民の立場からすれば、裁判が実質的に公開されていたとは評価し得ない。

ハンセン病療養所は、従前、職員地帯(無菌地帯)と患者地帯(有菌地帯)が厳格に分離され、職員すら予防衣を着用し患者地帯へ出入りしていたような状況であった。例えば、菊池恵楓園では「特別法廷」が、入所者自治会事務所内及びその付近など患者地帯に設置されていた事例があり(2016年6月23日の当連合会人権擁護委員会の現地聴取調査でも確認)、そこは一般人が立ち入ることはできない場所であるから、明らかに公開原則違反である(この点、調査報告書では、全てが公判であるか不明であり、所在尋問等の可能性もあると述べるが、一律にハンセン病療養所等で開廷していた以上、公判と考えざるを得ない。)。他方、「慰安所」と呼ばれていた旧「公会堂」は、職員地帯と患者地帯が接する場所にあり、入口及び内部ともに職員地帯と患者地帯が分離され、職員地帯に一般人が立ち入ることも可能な構造であったが、同公会堂も、国が管理する施設の敷地内にあり、許可なく外部の者が敷地内に立ち入ることはできず、周囲は隔離の象徴である2mを超える壁に囲まれ、一般人が自由に立ち入ることのできる場所と社会的に認識されていなかった以上、極めて閉鎖的であり、やはり実質的な公開とは評価し得ない。

ハンセン病療養所のほか、ハンセン病を理由とする「特別法廷」が設置された95件のうち26件が菊池医療刑務支所に設置されていたところ、同所は、元々、菊池恵楓園の敷地の一部であり、一般人が傍聴困難な事情は、上記同様であった。むしろ、ハンセン病患者専用の刑事収容施設「癩刑務所」であったため、ハンセン病療養所にもまして、一般人が近づき難い場所であったと言っても過言ではない。

以上により、「特別法廷」は、裁判の公開原則(憲法82条)に違反し、特に刑事被告人の公平な公開裁判を受ける権利(憲法37条)を侵害したと言わざるを得ない。

また、公開原則の精神が没却され、「菊池事件」のように法廷での屈辱的で非人間的な取扱い、実質的な「弁護不在」など一連の刑事裁判手続の「異常さ」も併せ考えれば、「特別法廷」は適正手続保障(憲法31条)にも違反する。

6 1960年前の判断

調査報告書では、1960年前について不合理な差別的取扱いであったことを判断していない。

しかし、戦後、特効薬によりハンセン病は全治する病気となり、「らい予防法」制定当時(1953年)から世界的にも隔離政策の問題性が指摘されていた。国賠訴訟の違憲判決も、強制隔離政策は「新法制定(1953年)当初から既に、ハンセン病予防上の必要を超えて過度な人権の制限を課すものであり、公共の福祉による合理的な制限を逸脱していた」と指摘した上で、「遅くとも1960年(昭和35年)には隔離政策の違憲性が明白になっていた」と判示している。

こうしたことからすれば、1960年前の判断を回避することは著しく不合理である。

人権保障の重責を担う最高裁判所は、1960年前の取扱いについても、改めて調査・検証し、端的にその取扱いの不合理性・違憲性を認めるべきである。

7 熊本刑務所菊池医療刑務支所(癩刑務所)における「特別法廷」

1950年、ハンセン病療養所内の殺人事件を契機に、国会でハンセン病患者専用の特別な刑務所(癩刑務所)を設置する見解が示され、厚生省と法務府(当時)の間で、菊池恵楓園内に「癩刑務所」を設置することが合意され、菊池恵楓園自治会の反対の中、法務省が菊池恵楓園の敷地の無償所管換えを得て、1953年3月、ハンセン病患者専用の既決・未決囚を収容する熊本刑務所菊池医療刑務支所が開設された。

調査報告書によれば、開設翌月(同年4月)から始まった菊池医療刑務支所への「特別法廷」の指定は、認可された全ての「特別法廷」95件中26件にも及んでおり、菊池医療刑務支所は、開設当初から「特別法廷」として利用されていた。

菊池医療刑務支所の存在及び同所内の「特別法廷」が常設化していた事実は、単なる開廷場所指定に関する司法行政事務の問題に留まるものではなく、勾留場所・刑の執行を含めた刑事司法手続全体において、検察庁・法務省・裁判所が一体となって、ハンセン病患者を隔離し、差別的刑事司法を行っていたことを物語っている。

8 検察官による再審請求について

裁判所外での法廷は、当該事件の審理に当たる下級裁判所が上申を行い、最高裁判所がその上申を認可することにより行うから、個別事件の訴訟手続と切り離されたものではなく、個別事件の訴訟手続と一体をなすものである。そうである以上、「特別法廷」認可は、司法行政事務の適法性に止まる問題ではなく、個別事件の訴訟手続の適法性に及ぶものである。

調査報告書において、開廷場所指定の裁判所法違反が認められたことからすれば、個別事件の訴訟手続も違法性を帯びることになる。

前述のとおり、「特別法廷」には、平等原則・公開原則に反し、個人の尊厳・適正手続保障を侵害しているという憲法違反があり、検察官には憲法違反の刑事手続により国家刑罰権を行使した「加害責任」がある以上、再審請求権者である検察官は、公益の代表者として、刑事司法の誤りを正し、客観的正義を実現するため、「特別法廷」の刑事事件の手続・内容について再検証の上、再審請求を含めてハンセン病患者・元患者及び家族の被害救済・名誉回復を図る責務を負っている。

特に「菊池事件」における憲法違反・差別的取扱いは明らかであり、鑑定・証言等実体面でも証拠上多くの問題点が指摘されるなど誤判の可能性も高く、再審手続中に即時抗告の機会も与えられず死刑を執行されたという重大性からすれば、憲法違反の手続及び確定判決を是正し、被害救済・名誉回復を図るため、検察官は再審請求の具体的義務を負っているというべきである。

9 各司法手続関係者の責任

「特別法廷」は、ハンセン病患者・元患者の憲法上の基本的人権を侵害し、人としての尊厳を著しく冒した。

もとより、「特別法廷」は、最高裁判所の司法行政事務の問題に留まらない。「特別法廷」の裁判手続に関わった裁判所、検察庁、弁護士会の法曹三者、ハンセン病患者専用の刑事収容施設を設置して隔離収容し「特別法廷」を利用してきた法務省等、司法関係機関がそれぞれの立場で「特別法廷」に関与した責任を負っており、それぞれが「特別法廷」問題について調査・検証を行い、自らの責任を明らかにしなければならない。

そのため、「特別法廷」に関する司法の責任を明らかにし、ハンセン病患者・元患者及び家族をはじめ被害を受けた全ての方々に対する謝罪・名誉回復、再発防止を講ずるため、当連合会は、以下のとおり、各国家機関に要請し、当連合会自身もその責任を認めて必要な措置を講じる。

(1) 最高裁判所

最高裁判所が行ってきた「特別法廷」の指定は憲法が定める法の下の平等や裁判の公開原則に反するものであって、このことは、最高裁判所が憲法違反の司法権の行使を認めてきたものといえ、「特別法廷」設置に関する最高裁判所の責任は極めて重い。

よって、最高裁判所に対し、「特別法廷」の実態・本質について徹底した調査・検証を行い、「特別法廷」の違憲性を明確に認めたうえで、改めてハンセン病患者・元患者及びその家族に謝罪し、名誉回復を図る措置を執るとともに、再発防止策を講じることを求める。

加えて、ハンセン病患者・元患者の被害の深刻さを十分認識した被害回復を図り、上記調査・検証の公正性・透明性・信頼性を確保するため、ハンセン病患者・元患者を含めた第三者機関の設置をするように求める。

(2) 検察庁

検察庁は、「特別法廷」における刑事裁判はもとより、勾留場所・刑の執行にも関与し、ハンセン病患者に対し、極めて差別的な取扱いを行ってきた。

よって、検察庁に対し、上記(1)同様の調査・検証、謝罪・名誉回復措置及び再発防止策を講じるよう求める。

とりわけ、憲法違反の「特別法廷」により国家刑罰権を行使した検察庁の責任が非常に重いことに鑑みれば、検察庁に対し、「特別法廷」の刑事事件の手続・内容について再検証の上、再審請求を含めた被害救済・名誉回復措置を講じることを求める。

特に「菊池事件」については、その違憲性・差別的取扱いは明らかであり、誤判の可能性も高く、再審請求手続中に死刑を執行されたという重大性からすれば、2013年4月30日付「『菊池事件』について検察官による再審請求を求める理事長声明」でも述べたとおり、検察庁に対し、再審請求を行うことを改めて強く求める。

(3) 法務省

法務省は、菊池医療刑務支所を設置・管理し、「特別法廷」によるハンセン病患者・元患者に対する差別的刑事司法に与してきたから、その責任を負わなければならない。

よって、法務省に対し、菊池医療刑務支所の設置及び刑の執行に関する問題について、自ら調査・検証を行い、ハンセン病患者・元患者及びその家族に謝罪し、名誉回復を図る措置を執るとともに、再発防止策を講じるよう求める。

(4) 財務省・法務省・厚生労働省

財務省・法務省・厚生労働省に対し、「特別法廷」による人権侵害の歴史を後世に残し、今後の再発防止につなげるために、菊池医療刑務支所の施設跡(現存している旧刑務支所の外塀及び1986年に新築された刑務支所施設)を保存及び復元するために必要な措置をとることを求める。

(5) 当連合会の責任

当連合会は、司法の一翼を担う立場にありながら、長年にわたり「特別法廷」問題を放置し、何ら具体的な取組みをしてこなかっただけではなく、九州内の多くの弁護士が菊池恵楓園・菊池医療刑務支所に設置された「特別法廷」に関与し、差別的取扱いに加担してきた責任を痛感し、ハンセン病患者・元患者及び家族をはじめ被害を受けた全ての方々に心より深く謝罪する。

当連合会は、再び同じ過ちを繰り返さないために、「特別法廷」問題が生じ、その問題を長年見過ごしてきた背景・原因・責任について、常に自らに問いかける姿勢を維持していくことが必要であることを自覚し、今後も調査と真摯な自己検証を続けるとともに、過去の過ちを正すため、再審支援等に取り組み、二度と同じ過ちを繰り返さないため、当連合会内弁護士に対するハンセン病政策の歴史を踏まえた研修を行うなど、被害救済・名誉回復、再発防止に向けて、最大限の努力を行っていく。

以上