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「特定複合観光施設区域の整備に関する法律案」
(いわゆる「カジノ解禁推進法案」)に反対する理事長声明

1 初めに

国際観光産業振興議員連盟(「IR議連」,通称「カジノ議連」)に属する国会議員によって,「特定複合観光施設区域の整備に関する法律案」(以下,「本法案」という。)が昨年の通常国会に提出され,その後の臨時国会において継続審議となったが,衆議院の解散に伴い廃案となった。しかし,IR議連は,本法案を,本年の通常国会において再提出する方針を明らかにしている。本法案は,カジノを含む特定複合観光施設区域の整備促進を目的とし,その為の関係諸法令を整備するための基本法的な性格を有するものとされ,「カジノを解禁する」という結論を定め,政府に対し関係法令の整備を行うことを義務付けるというものである。

しかし,現行法上違法とされている賭博行為を行う施設であるカジノを合法化するような正当な理由はなく,当連合会としては,本法案を容認することは到底できない。

2 賭博行為は違法であることが大原則であること

我が国の刑法は,185条以下に賭博の罪を規定して,競馬等の公営ギャンブルを除き,私的に賭博を開帳すること及びこれに参加することを禁じている。民間事業者のカジノ施設を認めることは,法が刑罰をもって賭博行為を禁圧する我が国の法体系に正面から対立するものである。

もとより,賭博を禁止する趣旨は,「勤労その他正当な原因に因るのでなく,単なる偶然の事情に因り財物の獲得を僥倖せんと相争うがごときは,国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ,健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風・・・・・・を害するばかりでなく,甚だしきは暴行,脅迫,殺傷,強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与える」(最高裁昭和25年11月22日大法廷判決参照)といった弊害の発生を未然に防止しようとする点にあるが,賭博行為が違法であるという原則に対する発想の大転換を図る本法案は,このような趣旨に反しない十分な根拠が必要であることは言うまでもない。

本法案自体,カジノ解禁により確実に予想される弊害として,「暴力団員その他カジノ施設に対する関与が不適当な者の関与」,「犯罪の発生」,「風俗環境の悪化」,「青少年の健全育成への悪影響」,「入場者がカジノ施設を利用したことに伴い受ける悪影響」(法案10条)などを認め,これらに対して「必要な措置を講ずる」としているのだが,現時点においては予想される弊害に対する具体的かつ有効な予防策及び解決策は何ら示されておらず,法案の成立ありきで進められている感が否めない。

3 ギャンブル依存症の深刻化及び多重債務問題の再燃

カジノ解禁により生ずる弊害の中でも,特に,ギャンブル依存症の問題は深刻である。依存症となった者は,ギャンブルをするための資金欲しさに,窃盗,横領といった財産上の犯罪(最悪の場合,強盗,殺人,放火といった凶悪事件に発展することもある。)に走る者もいれば,犯罪に走らないまでも,借金を繰り返して経済的に破綻し自己破産に至る者もいる。既に日本においては競馬・パチンコなどのギャンブルが存在し,相当数のギャンブル依存症患者が発生している現実があり,その周囲には,借金の後始末をする家族や友人,あるいは犯罪の被害者となってしまった者等,ギャンブル依存症によって多大な苦しみを背負うこととなった者が多数存在している。このような実情を踏まえれば,カジノ解禁は,徒にギャンブル依存症患者を増加させ,その結果,経済的破綻や犯罪増加などの社会問題が一層深刻化することが強く懸念される。

実際,厚生労働省が2009年に発表した報告書によれば,我が国におけるギャンブル依存症の推定有病率は,男性9.6%,女性1.6%となっているが,これは2008年の厚生労働省委託研究結果(大門実紀史参議院議員の国会提出資料参照)において,アメリカ1.4%,カナダ1.3%,イギリス0.8%などと先進諸外国では概ね1%台に止まっていることに鑑みると,驚くほど高い数字となっているのであって,潜在的なものを含めると多くのギャンブル依存症の患者が存在することが示されている。しかも,未だ日本においては治療施設や相談機関の設置,社会的認知への取組みなど,ギャンブル依存症に対する予防や治療体制が不十分な状況である。それにもかかわらず,カジノを解禁するというギャンブル依存症になる国民を増やすような施策に,合理的な理由や賭博の違法性を阻却するような正当化事由は存在しない。

さらに,社会問題となった多重債務問題の要因の一つとしても,ギャンブルがあげられる。総量規制や金利規制を定めた貸金業法改正やこれに伴う多重債務者改善プログラムなどの対策の結果,多重債務者数も大幅に減少し,改善されてきたところである。しかし,カジノが解禁されれば,自殺者や犯罪の増加を招いた多重債務問題の再燃も大いに危惧されるところである。昨今,一部の国会議員から,貸金業法の金利規制等の緩和を要素とする貸金業法改正案の提出が模索されている時期にあって,かかる懸念はさらに強まっている。

4 暴力団対策上の問題及びマネー・ロンダリングの危険

また,暴力団が資金源として,カジノへの関与に強い意欲を持つことは,容易に想定されるところ,事業主体として参入し得なくても,事業主体に対する出資や従業員の送り込み,事業主体からの委託先・下請への参入等,さらには,カジノ利用者をターゲットとしたヤミ金融,カジノ利用を制限された者を対象とした闇カジノの運営,その他,周辺領域での資金獲得活動に参入する可能性は十分に懸念されるところである。

さらに,我が国も加盟している,マネー・ロンダリング対策・テロ資金供与対策の政府間会合であるFATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)の勧告において,カジノ事業者はマネー・ロンダリングに利用されるおそれの高い非金融業者として指定されているところ,カジノ解禁により我が国にカジノが設けられた場合に,こうしたマネー・ロンダリングを完全に防ぐことができるような具体的対応策も考えられていない。

5 青少年や児童らの健全育成への悪影響

加えて,本法案で想定されているカジノは,「会議場施設,レクリエーション施設,展示施設,宿泊施設その他の観光の振興に寄与すると認められる施設」と一体となって設置されるというもので,「統合型リゾート(IR方式-Integrated Resort)」と呼ばれるものであるが,カジノ施設そのものに青少年が入ることはできなくとも,IR方式では,レクリエーション施設等様々な施設とカジノが一体となっているというのであり,家族で出掛ける先に賭博場が存在するという環境になってしまう。こうした環境では,賭博というものに対する抵抗感が喪失してしまうおそれがあり,青少年の健全育成という観点からも大きな問題がある。もちろん,カジノが開設された地域での住環境・自然環境・教育環境の悪化も懸念されるところであり,当該地域に居住している青少年,さらには,より年齢の低い児童らに対する悪影響までもが考えられる。

6 経済効果に対する検証ができていないこと

他方,カジノ解禁による経済効果が喧伝されているが,客観的な検証はされていない。むしろ,カジノでの出費により多重債務に陥ったり,老後の資金等としての貯蓄が奪われることなどによる新たな経済的弱者の発生や,増加するギャンブル依存症患者に対する治療等の対策に要する社会的コストの発生も容易に予想されるところである。韓国では,2009年のギャンブル産業の売上高が16.5兆ウォンであったのに対して,家庭崩壊や労働意識の低下で社会全体では60兆ウォンの損失が生じたという政府の試算がなされている。かかるカジノ解禁に伴う社会的コストをも考慮すると,これを上回る経済的効果が実際に存在するのか甚だ疑問である。こうした「負のコスト」を考えると,カジノ解禁による収益は,トータルでの経済の活性化に繋がるとは思えない。

もとより,カジノ経営は公営ではなく私企業が行うことになり,地域への還元は,カジノ経営による利益の全てではなく,その多くは,税収という形を取らざるを得ない。そして,私企業であるがゆえ,採算が取れなくなれば,当然,カジノ経営から撤退することになる。事実,米国では,ラスベガスに続く2大カジノ都市であるアトランティックシティで,巨大カジノが相次いで閉鎖される事態が起こっている。また,我が国でも,最近,競馬・競輪場の閉鎖が相次いでおり,先般も,船橋オートレースが閉鎖されるとの報道がなされていた。カジノ開設が一時的に経済効果に繋がったところで,およそ永続的なものとなる保証はどこにもない。仮に,地方自治体がこうしたカジノ経営からの税収に依存するような体質になってしまえば,運営企業がカジノ経営から撤退した場合に地域経済に与える損害は計り知れないものとなる。カジノ運営企業から利益を巻き上げられるだけ巻き上げられ,地域はかえって疲弊するだけであるとの懸念さえある。カジノ開設が「地域経済の振興に寄与」するのではなく,むしろ地域経済を衰退させていく可能性が高い。

7 内国民禁止という中間案について

さらに,最近では,日本人の利用を不可とするいわば中間案の策定を進めているとの報道があり,これにより妥協的な案と変じた上で,法案を成立させようとの動きもあるようである。

しかし,カジノそのものに上記のとおりの弊害があることを考えれば,日本人がギャンブル依存症に罹患することを防いでも外国人はギャンブル依存症に罹患しても構わないと言っているようなものであり,そのような法案は,国際協調主義を取る我が国の法案として認めることはできない。

なお,韓国には現在17箇所のカジノが存在し,カジノ解禁当初は,内国民の入場は禁止されていた。しかし,経済活性化を目的とした特別法が制定され,これに基づき韓国国民の入場可能なカジノが許可されたことから,韓国の江原(カンウォン)道にあるカジノ「江原(カンウォン)ランド」が,韓国国内で唯一内国民が立ち入ることができるようになったという歴史があり,内国民の入場は一切できないとするルールが遵守され続けるとは到底考えられない。なお,「江原ランド」では,内国民の入場を可能としたことで,施設ができる前とできた後を比較した場合,強盗・窃盗などの犯罪発生件数が1.5倍に増加し,立ち並ぶ質屋に自家用車までも質入をして金銭をつぎ込み,帰宅することができなくなった者が激増し,一時期ホームレスの数が4000人になったとの報道もある(平成26年6月28日NHK総合「ニュース深読み」)。

8 結論

以上のとおり,本来,刑法によって違法である賭博行為を行う施設であるカジノを解禁することに経済的観点からの合理性が認められないばかりか,むしろ,その弊害に対する危惧感が顕著に感じられるものであり,弊害対策について具体的な検討がなされることなく,法案の成立ありきで進められる本法案の審議には強い懸念がある。

日本経済の再生にカジノ解禁は不必要である。日本経済の再生,地域経済の活性化に必要なものは,地域の実情・特性を活かして国民の生活・福祉を脅かすことのない健全な成長戦略である。

よって,当連合会は,本法案の再提出に強く反対する。

2015年(平成27年)2月4日

九州弁護士会連合会
理事長 森雅美

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