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旅館業法上の宿泊拒否事由拡大に反対する理事長声明

厚生労働省は、2021年8月27日、「旅館業法の見直しに係る検討会」を設置し、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の感染拡大状況を踏まえて、感染拡大防止のために必要な場合に宿泊拒否できるように旅館業法を改正する検討に入り、同年11月8日、改正の方向性ついて論点整理が行われた。

現行の旅館業法5条本文では、宿泊業者は宿泊申込者の宿泊を原則として拒否できないと規定した上で、例外的な宿泊拒否事由として「宿泊しようとする者が伝染性の疾患にかかっていると明らかに認められるとき」(1号)などが挙げられている。

この点、発熱・咳等の症状があるなど新型コロナの疑いのある者が宿泊した場合、宿泊施設の従業員や他の宿泊者への感染防止対策などに大きな負担や不安が生じているとして、宿泊拒否事由の拡大等により広く宿泊拒否できるようにする法改正が検討されている。

しかし、かかる法改正については、(1)宿泊拒否の判断の適正性、(2)宿泊拒否によって生じる結果(不利益)、(3)偏見差別の作出・助長という大きく3つの問題点が上げられる。

まず、(1)宿泊拒否の判断の適正性については、そもそも、発熱・咳等の症状は、通常の風邪やインフルエンザをはじめ様々な疾患(がん、喘息など)やワクチンの副反応でも見られる症状であるから、保健所や医療機関であっても、的確な診断が困難な場合があり、保健所や医療機関の診察・検査を経ずに適切な判断ができるのかという問題がある。

すると、発熱・咳等の症状があるなど新型コロナの疑いのある者を宿泊拒否できるように法改正しても、本来宿泊拒否されるべきではないのに宿泊拒否されるという事態が発生することも考えられ、適切な判断及び効果的な運用ができるとはとても考えられず、むしろ、恣意的判断のおそれが大きい。

次に、(2)宿泊拒否によって生じる結果(不利益)については、実際には新型コロナに感染していないにもかかわらず、新型コロナと疑われて宿泊が拒否された場合、自宅から遠方の旅行・出張のために帰宅できず、他の宿泊場所も確保できずに野外等で一夜を過ごさざるを得なかった場合には、居室内で静養することもできないまま、本人の健康状態を悪化させるおそれがあり、宿泊拒否は極めて非人道的な結果を招きかねない。

そして、最も重大な問題点は、(3)感染症患者に対する偏見差別を作出・助長するおそれである。

感染症法(1998年制定)では、旧伝染病予防法では患者が隔離の「客体」と捉えられていたことを抜本的に見直し、患者を適切な医療の提供を受ける「主体」として捉え、適正な手続保障も整備し、その前文では、「我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である」と謳われた。2003年、ハンセン病療養所入所者らが熊本県内のホテルに宿泊しようとした際、宿泊拒否された「黒川温泉宿泊拒否事件」を踏まえれば、社会に根強く残る感染症患者に対する差別事件を二度と繰り返してはならない(2020年12月24日当連合会「新型コロナウイルス感染症に関わる偏見差別・人権侵害の防止を求める理事長声明」参照)。

宿泊拒否事由が拡大されることにより、新型コロナをはじめ発熱・咳等を伴う様々な疾患の患者が宿泊拒否されるなどの差別的取扱いを作出・助長することがあってはならない。

たとえ宿泊拒否事由の拡大の代わりに差別禁止条項を規定したとしても、旧らい予防法の差別禁止条項が「絵に描いた餅」に過ぎなかったように、根本的に偏見差別を生み出す法律であれば差別禁止条項は無意味であるから、そもそも偏見差別を作出・助長しないような法改正を検討しなければならない。

新型コロナの感染拡大を防止し、宿泊業者の負担を回避するとともに、感染症患者への偏見差別を作出・助長させないためには、発熱・咳等の症状があるなど新型コロナの疑いがある場合には、速やかに保健所・医療機関を受診することができ、必要に応じて直ちに治療及び入院・療養ができる体制とすることが必要不可欠であり、希望者がPCR検査・抗原検査を保健所・医療機関のみならず、薬局や公共の場所、宿泊施設などでいつでも無料で受けられる体制の構築、宿泊業者の感染防止対策に対する手厚い財政的支援なども必要である。

以上より、新型コロナの疑いのある者にまで宿泊拒否できるように宿泊拒否事由を拡大する方向での旅館業法改正には反対するとともに、政府に対して、地方自治体・医療界と協同して、新型コロナをはじめとする感染症に関する医療体制を抜本的に整備することを求める。

当連合会は、新型コロナウイルス感染症に関わる偏見差別・人権侵害を防止 し、個人の尊厳・平等原則などの基本的人権が最大限保障されるよう、引き続き全力を尽くして取り組んでいく所存であり、政府・自治体に対し、新型コロナ対策によって、偏見差別・人権侵害が生じないよう求める次第である。

2021年(令和3年)11月24日

九州弁護士会連合会
理事長 森本 精一